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Saturday, March 28, 2015

ジョン・ピルジャー「今なぜファシズム台頭が再び問題になるのか」John Pilger: Why the Rise of Fascism is Again the Issue (Japanese translation)

気鋭ジャーナリスト、ジョン・ピルジャー氏の大型記事の松元保昭氏による翻訳投稿を紹介します。第二次世界大戦70年、当時のファシズムとは形態の異なる現代の「民主主義」下におけるファシズムがいかに広がってきているかを目の当りにできる記事です。この米国を中心とする世界的ファシズムに日本が「集団的自衛権行使」によって加担を深めることをストップさせなければいけません。 @PeacePhilosophy (乗松聡子)(注:翻訳にはブログ運営人が多少手を入れているところがあります。また、投稿後に訳語を微修正することがあります。以下著者紹介は訳者によるものです。)

4月2日追記:週間金曜日の成澤宗男記者よりコメント:
ピルジャー氏の記事、一人でも多くの人々が目にするのを祈ります。これは、米国という犯罪国家の正体を的確に、簡潔に、そして怒りを忘れず記したものであって、現代世界の基本的な物の見方を提示するはず。特に欧米メディアに毒されているこの国の世論は、これを読んで恥を知るべきです。 
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John Pilger
著者のジョン・ピルジャー(John Pilger) は、1939年オーストラリア生まれ、ロンド ン在住のジャーナリスト、ドキュメンタリー映画作家。50本以上のドキュメンタ リーを制作し、戦争報道に対して英国でジャーナリストに贈られる最高の栄誉「ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー」を2度受賞、記録映画に 対しては、フランスの「国境なき記者団」賞、米国のエミー賞、英国のリチャード・ディンブルビー賞などを受賞している。ベトナム、カンボ ジア、エジプト、インド、バングラディッシュ、ビアフラなど世界各地の戦地に赴任した。邦訳著書には『世界の新しい支配者たち』(井上礼子訳、岩波書店)がある。また、過去記事は、デモクラシー・ナウTUPなどのサイトにも多数掲載されている。

【訳者注記:原文に小見出しはないが、長文のため訳者が挿 入した。原著者が文中で( )に挿入したところはすべて[ ]に、訳者が挿入したところはすべて( )とした。また人名はかならずしも原音表記とは なっていない。】

Why the Rise of Fascism is Again the Issue
今なぜファシズム台頭が再び問題になるのか

URL of this article:
http://www.informationclearinghouse.info/article41117.htm
ジョン・ピルジャー(松元保昭訳)

2015年2月27日

インフォメーション・クリアリング・ハウス(ICH)誌

先のアウシュビッツ解放70周年記念は、私たちの意識に深く刻み込まれているナチの象徴と共にあらためてファシズ ムの巨大な犯罪を想起させるものであった。ファシズムは、チラチラする古い映像で黒シャツ隊がガチョウ足行進しているような歴史として保存され、その犯罪性は極まりなく疑いようもないものだ。しかし今、この同じ自由社会では戦争をつくり出すエリート集団がわれわれにけっし て歴史を忘れないよう促しながらも、加速する現代のファシズムの脅威は隠されている。それが彼ら自身のファシズムであるゆえに。

1946年にニュールンベルク裁判の判事は語った。「侵略戦争を 始めることは国際的な犯罪というだけではない。それ自体の中に蓄積された全体の邪悪が含まれておりもっぱら他の戦争犯罪と異なる点でそれは究極の国際犯罪である。」

ナチスがヨーロッパに侵略しなかったら、アウシュビッツ とホロコーストは起こらなかった。アメリカ合州国とその取り巻きが2003年のイ ラク侵略戦争を始めなかったら、ほぼ100万人の人々は死なずにすんだだろう。そして、イスラム国あるいはISISがわれわれをその野蛮の虜にしなかっただろう。これらすべては、爆撃と、殺戮と、「ニュース」と呼ばれる現実とはかけ離れた劇場が醸しだす嘘とで育てら れた現代ファシズムの所産なのである。

現在、1930年 代と1940年代のファシズムのときのように、メトロノームのような正確さでデマ 宣伝が届けられている。偏在し反復するメディアとその不作為による悪意に満ちた検閲のおかげだ。リビアの破局がいい例である。

《リビア》
2011年にNATOは、リビアに対し9700回の「空爆出撃」を行った。うち三分の一以上が民間人に向けられた。劣化ウラン弾頭のミサ イルが使われた。ミスラータやシルテの町々が絨毯爆撃にさらされた。赤十字は多くの遺体置場を確認し、ユニセフは「殺害された子どもたち の大半は10歳以下だった」と報告した。

「反体制派」の銃剣により公衆の面前でソドミー(性器に異物 を挿入)をされたリビアのムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ)に対する 当時の米国務長官ヒラリー・クリントンの言葉はこうであった。「われわれは来た、われわれは見た、彼は死んだ。」彼の殺害は、彼の国の破壊と同様に、自 国民に対して「ジェノサイド」を計画していたという聞き覚えのあるデマ宣伝で正当化された。オバマ大統領はこう語った。「もしわれわれが もう一日待っていたら、シャーロット(米ノースカロライナ州最大の都市)の大きさのベンガジは、その地域一帯に響き渡った大虐殺に見舞わ れたにちがいない。それは世界の良心に汚点を残しただろう。」

これは、リビア政府軍によって敗北に直面していたイスラ ム主義民兵の作り話だった。彼らはロイターに、「ルワンダで見たような文字通りの大虐殺」になるだろうと語った。2011年3月14日に報道されたこの嘘は、NATOの地獄絵図に最初の火花を送り、デビッド・キャメロ ンによって「人道的介入」と説明された。

密かにイギリス特殊部隊[SAS]に供給され訓練された多くの「反体制派」がISISとなっていた。彼らの最新のビデオ は、スルトで捕えられた21人のコプト・キリスト教徒労働者の打ち首を見せてい る。その都市スルトは彼らのためにNATO爆撃によって破壊されていた。

オバマ、キャメロン、そしてオランドにとって、カダフィの本当の罪は、リビアの経済的自立 およびアフリカ最大の石油備蓄をUSドルでの売却を停止するという公然とした意志であった。オイルダラーは米帝国権力の支柱である。カダフィは大胆にも、オール・アフリカ銀行を設立して金で保証される共通のアフリカ通貨に同意し、また価値ある資源がありながら貧しい 国々のあいだで経済統合を促進する予定でもあった。これが生じようと生じまいと、アフリカに「参入」し軍事「提携」でアフリカ諸国の政府 を買収しようとしている米国にとっては、まさにこの考え方が耐え難いものだった。

NATO攻撃に続き国連安保理決議を隠れ蓑に、オバマは(アフリカのツイッターサイト)Garikai Chenguにツイートした。「リビアの中央銀行から、アフリカ中央 銀行設立とアフリカ金が裏書きするディナール通貨のためにカダフィが取っておいた300億 ドルを押収した。」

《ユーゴスラビア》
リビアに対する「人道的戦争」は、欧米の自由主義精神に近いモデルをとくにメディアで生か した。1999年、ビル・クリントンとトニー・ブレアはNATOをセルビア爆撃に 送り込んだが、分離主義者のコソボ自治州で少数民族のアルバニア系住民に対してセルビア人が「ジェノサイド」を犯していたと、彼らは嘘をついた。

戦争犯罪のための米無任所大使[原文のママ]デヴィッド・シェファーは、「少数民族アルバニア人の14歳から59歳までの男たち225000人」もの人々が殺害されたかもしれないと訴えた。クリントンとブレアの二人 は、ホロコーストと「第二次世界大戦の精神」を引き合いに出した。欧米の英雄的な同盟相手はコソボ解放軍[KLA]だったが、彼らの犯罪的 な経歴は脇に置かれた。イギリス外務大臣ロビン・クックは、彼の携帯電話にいつでも電話するよう彼らに語った。

NATO爆撃が終わり、セルビアのインフラの大部分、加えて学校、病院、修道院、そして国 家TV局が廃墟と化したなかで、国際犯罪調査団が「ホロコースト」の証拠を掘り出すためにコソボを訪れた。FBIはたったひとつの大量墓地も発見できず、彼らは帰国した。スペインの法医学調査団も同じことをした。そのリーダーは憤慨して「プロパガンダ機構による意味の捻じ 曲げだ」と公然と非難した。1年後、ユーゴスラビア国連法廷は、コソボの最終的な 死者数を 2788人と公表した。これは双方の戦闘員およびKLAによるセルビア人 とロマ人の殺害も含んでいた。ジェノサイドではまったくなかった。「ホロコースト」は嘘だった。NATO攻撃は不正な詐欺行為だった。

嘘の背後に重大な意図があった。ユーゴスラビアは冷戦下 の政治的経済的な橋渡しをする立場にある多民族連邦政府として独特の仕方で自主独立していた。公共事業体と主要な製造業の大部分を公共が 所有していた。これは拡大するヨーロッパ共同体にとって好ましくない。とくにユーゴスラビアのクロアチア州とスロベニア州の「手つかずの 市場」を確保するため、東部に向かい始めた新たな統一ドイツにとっては許容できなかった。ヨーロッパが1991年のマーストリヒト条約を結んだころには、損失を招くユーロ圏に彼らの計画を準備 するため秘密取引が結ばれていた。ドイツはクロアチアを承認するだろう。そのとき、ユーゴスラビアは破滅の運命にあった。

ワシントンでは、もがいているユーゴスラビア経済が世銀 の融資を拒否されたことを見ていた。当時ほとんど休眠し冷戦の遺物となったNATOが、帝国の用心棒としてモデルチェンジされた。フラン ス、ランブイエの1999年コソボ「和平」会談で、セルビアはその用心棒の二枚舌 の戦術の下に置かれた。ランブイエ合意は、米国代表団が最終日に挿入した秘密の付属文書Bを含んでいた。これは、ナチ占領の苦々しい記憶 を持つ国であるユーゴスラビア全体の軍事占領の要求であり、また「自由市場経済」の実行とすべての政府資産の民営化の要求であった。主権 国家がこのようなものに署名するわけがない。すばやく懲罰がやってきた。無防備の国にNATO爆撃が襲いかかった。それは、アフガニスタンとイラク、シリアとリビア、そしてウクライナにおける破局の前兆だった。

1945年以来、国連加盟国の三分の一以上の69か 国が、アメリカの現代ファシズムの手によって以下に述べるようなやり方で一部ないしは全部が被害を被ってきた。これらの国々は侵略され、 政府は転覆され、民衆運動は鎮圧され、選挙は妨害され、国民は爆弾に曝され、経済的な保護を剥奪され、社会はいわゆる「制裁」の包囲に よって不自由な条件下に置かれた。イギリスの歴史家マーク・カーティスは、それらによる死者を数百万人と見積もっている。いかなる場合にも、大きなデマ宣伝が繰り広げられてきた。

《アフガニスタン》
「今夜、9・11以降はじめて、アフガニスタンにおけるわれわれの戦闘任務は終わった。」 これが、オバマの2015年一般教書演説の冒頭の言葉だった。実際には、約10000人の部隊と20000人 の軍事請負業者[傭兵]が アフガニスタンに期限は設けない形で留まっている。「アメリカの歴史でもっとも長い戦争が賢明な結末を迎えている。」とオバマは語った。 事実は、アフガニスタンでは2014年、国連が統計をとりはじめて以来どの年より も多くの民間人が殺害された。過去にアフガニスタンで殺された人々の大多数は―民間人も兵士も含み―オバマの大統領任期中に殺害されてい た。

アフガニスタンの悲劇はインドシナ半島のとてつもない犯罪に匹敵する。アメリカの卓越した 戦略地政学の権威、アフガニスタンから現在に至るまでの米基本方針のゴッドファザー、ズビグネフ・ブレジンスキーは、その称賛され非常によく引用された著書『壮大なチェス盤』で、もしアメリカがユーラシアを支配し世界を牛耳るというなら大衆民主主義を維持することはできな いと書いた。なぜなら「覇権の追求という目的は大衆の熱烈な支持を集めることはないのだから、…デモクラシーは帝国の動員に対立するの だ。」彼は正しい。ウィキリークスとエドワード・スノーデンが暴露したように、監視・警察国家はデモクラシーを侵害する。1976年、カーター大統領当時の国家安全保障補佐官ブレジンスキーは、アフガニスタンの 最初にして唯一のデモクラシーに致命的打撃を与えて彼の論点を証明してみせた。この重要な歴史を誰が知ろう?

1960年代、地球上の最貧国アフガニスタンに民衆革命が瞬く間に広がった。やがて1978年には封建貴族体制の残存政権が打倒された。アフガニスタン人民民主党 [PDPA]が政府を結成し、封建 制度の撤廃、すべての宗教の自由、女性の平等な権利、そして少数民族の社会的公正を含む改革プログラムを宣言した。 13000人以上の政治犯が解放され、警察の犯罪ファイルが公然と焼却された。

新政府は、極貧層のために無料診察を導入し始めた。日雇労働の身分は廃止され、大規模な基 礎教育プログラムが開始された。女性にとっての進歩は前代未聞だった。1980年 代後半には大学生の半数は女性だった。またアフガニスタンの医師の半分、公務員の三分の一、そして大多数の教師が女性で占められていた。 女性外科医セイラ・ノーラニィが思い出を語った。「全ての女子が高校にも大学にも行くことができました。私たちは好きなものを着て行きた いところへ行くことができました。いつもカフェに入り、金曜日には新しいインド映画を観に劇場に行き、新しい音楽を聴いていました。ム ジャヒディーンが勝利し始めたときすべてが悪くなり始めました。彼らは教師たちを殺して学校を燃やしたものです。私たちはとにかく怖かっ たのです。これらの人々が欧米が支援した連中だと考えると、腹が立って悲しくなったのです。」

PDPA政府はソ連に支援されたが、元国務長官サイラ ス・ヴァンスが後で認めたように、「[革命における]どんなソ連の共謀もまったくその証拠はなかった」。世界の至るところで解放運動への信頼 性が高まっていることに不安を覚えたブレジンスキーは、もしアフガニスタンがPDPAのもとで成功した場合、その独立と進歩は「前途有望 な実例となる脅威」を提供することになろうと判断した。

1979年7月3日、ホワイトハウスは、米国兵器とその他の援助で年間5億ドル以上にもなるプログラムで部族の「原理主義者」グループいわゆるムジャヒディーンへの支援を密かに認可した。そのねらいは、アフガニスタンで初めてとなる世俗的(非宗教的)な改革派政府を打倒することだった。

1979年8月に、カブールの米国 大使館は、「合州国のより大きな利益のためには、…アフガニスタンにおいては将来の社会的経済的改革を意味するかもしれないが、これがどんなに後退しようとも[PDPA政府]の打倒が得策 となるだろう。」と報告した。イタリック体は私のもの。

ムジャヒディーンはアル=カイダお よびイスラム国の原型となった。彼らの中には、CIAから現金で何千万ドルも受け取っていたグルブディーン・ヘクマティアルがいた。ヘク マティアルの専門は、アヘンの密輸売買とベールをかぶることを拒否した女性の顔に酸を投げつけることだった。ロンドンに招かれた彼はサッ チャー首相に「自由戦士」と称賛された。

もしブレジンスキーが、世俗的・政治的解放運動を弱体化しソ連を「不安定化」させる目的 で、その自伝で書いたような「過激化されたイスラム教徒何人か」を生み出すことによって中央アジアでイスラム原理主義を促進する国際的運 動を始めていなければ、このような狂信的な人間たちはそれぞれの部族的世界に留まっていたであろう。彼の壮大な計画は、パキスタンの独裁 者で地域を支配しようとする将軍ジア・ウル・ハクの野心と一致した。1986年に CIAとパキスタン諜報機関ISIは、アフガニスタン・ジハードに参加させるため世界中から人々をリクルートし始めた。サウジの大富豪ウ サマ・ビン・ラディンはそのうちの一人だった。

やがてタリバーンとアル=カイダに 加わった工作員たちは、ニューヨーク・ブルックリンのイスラミック・カレッジに徴募されヴァージニアのCIAキャンプで準軍事的な訓練を 受けた。これは「サイクロン計画」と呼ばれた。1996年、アフガニスタン最後の PDPA大統領(国連総会に助けを求めていた)ムハンマド・ナジーブッラーがタリバーンによって街頭で首をつるされたとき、この計画は成 就された。

サイクロン計画とその「過激化されたイスラム教徒何人か」の「反動」が、2001年9月11日であった。サイクロン計画は、アフガニスタンからイラク、イエメン、ソマリア、そし てシリアと、ムスリム世界の至るところで無数の男たち、女たち、子どもたちの命を奪う「対テロ戦争」となった。戦争執行者のメッセージは 当時も今も変わらない―「あなたは米国の味方か、そうでなければテロリストの味方だ。」

《現代のファシズム、またはアメリカ》
過去も現在も、ファシズムの共通の特徴は大量虐殺である。アメリカのベトナム侵略でも「無 差別爆撃地帯」、「戦死者カウント」、および「付随的被害」はあった。私が報道したクアンガイ省(ナパーム弾、枯葉剤およびソンミ村虐殺事件などでとくに甚大な被害があった地域)では、米国によって何千人もの民間人[侮 蔑的にgooks(ベトコン)と呼ばれた]が 虐殺された。しかし記憶されているのはソンミ村虐殺だけである。ラオスとカンボジアでは史上最大規模の空襲が行われ、今でもその爆撃後の クレーターが連なった様子が上空からネックレスのような形で見える。テロ時代の幕開けを象徴する光景だ。その猛爆は、ポル・ポト率いるカ ンボジア版イスラム国をもたらした。 

今日、世界の大規模なそれぞれの対テロ作戦は、家族、結婚式の招待客、葬儀の会葬者、彼ら 全員の処刑を伴っている。これらの人々はオバマの犠牲者である。ニューヨーク・タイムズによれば、毎週火曜日、ホワイトハウス・シチュエーションルーム(ホワイトハウスの地下にある国家安全保障会議の機密相談室で世界大に展開する米軍の指揮管理を維持する)でCIAが提 示した「殺害リスト」からオバマ自らが選抜している。そこで彼は、一片の法的な根拠もなく、ある人物の生殺与奪を決定する。その処刑兵器 は、パイロットなしの航空機いわゆるドローン[無人機]から発射されたヘルファイア・空対地ミサイルが実行する。焼かれた犠牲者の遺体がその地 に花綵のように連なる。各々の「命中」が、まるで「虫をつぶす」ように遠くからコンソール・スクリーンに記録される。 

歴史家ノーマン・ポラックが言うには、「ナチ式軍隊行進に代わり一見無害な文化全体の軍事 化が進む。大言壮語を吐く指導者に代わって、改革者の出来そこないが無邪気に働き、ずっと笑いながら暗殺を計画し実行するのだ。」

古いファシズムと新しいファシズム を結びつけるものは、優越性のカルトである。「私は、細胞の隅々まで私の全存在をかけてアメリカの例外主義を信じている」とオバマは語っ て、1930年代以来の国家的フェティシズム宣言の数々を喚起させた。歴史家 アルフレッド・W・マッコイが指摘したように、ヒットラー愛好者だったカール・シュミットは語った。「支配者は、例外を決定する者である。」これが世界を睥睨するイデオロギー、アメリカニズムを要約している。それが略奪イデオロギーと気づかれないでいることは、同様に気 づかれない洗脳の到達点である。公式に宣言されず欺瞞に満ちた行進曲で軽妙に啓発教化されるように、そのうぬぼれは常に欧米文化によって 巧みに粉飾されている。私もおなじみの栄光のアメリカ映画を観て育ったが、そのほとんどすべてが歪曲であった。1300万人以上もの兵士の犠牲をもってナチ戦争機構のほとんどを滅ぼしたのは、赤軍 だったことを私は考えもしなかった。それに対して、米国の損失兵は太平洋戦争を含めて40万 人だった。ハリウッドはこれを逆にした。

現在何が異なるかといえば、映画の観客がいつも遠いところで人々を殺していなければならな いアメリカ的精神異常の「悲劇」に両手を握りしめるよう招かれているということだ―ちょうど大統領自身が人々を殺すように。ハリウッド暴 力の権化、俳優にして監督のクリント・イーストウッドが、殺人ライセンスを持つ異常な狙撃手を描いた映画「アメリカン・スナイパー」で今 年もオスカーにノミネートされた。ニューヨーク・タイムズは、「公開直後にすべての入場記録を破った愛国的で家族中心の映画」と評した。  

アメリカのファシズム受容についての英雄的な映画はまったくない。第二次大戦期間中、アメ リカ[とイギリス]はナチ ズムと英雄的に戦いギリシャ・ファシズムの台頭に抵抗していたギリシャに対して戦争を仕掛けた。1967年、 ―ブラジルとラテンアメリカの大部分でそうだったように―CIAはアテネのファシスト軍事政権に権力を奪取するよう援助した。ナチの侵略 と人道に対する罪に共謀したドイツと東欧の人々は、米国に安全な避難場所を与えられ多くは甘やかされて彼らの才能は報われた。ヴェル ナー・フォン・ブラウンは、ナチV-2テロ爆弾と米国宇宙計画の双方の「父」で あった。

《結び―ウクライナと現代のファシズム》
1990年代、元のソビエト共和国、東欧とバルカン半島は NATOの前哨基地となり、ウクライナにおけるナチ運動の後継者たちが機会を与えられた。ソビエト連邦のナチ侵略の期間中、何千、何万人 ものユダヤ人、ポーランド人、ロシア人の死に責任があるウクライナのファシズムが復権された。その「ニューウェーブ」は「ナショナリス ト」として(NATOの)用心棒に迎えられた。

復活したウクライナのファシズムが絶頂に達したのは、2014年、選挙で選ばれた政府に敵対するクーデターに、オバマ政権が50億ドルを派手にばらまいたときであった。突撃部隊は右翼セクターおよびスヴォボダとし て知られるネオナチだった。「モスクワのユダヤ人マフィア」とゲイ、フェミニスト、そして政治的左派に参加している者を含む「その他のク ズ」どもの追放(パージ)を求めたオレフ・チャフニボクが彼らのリーダーに含まれている。

【ご参考(訳者より):下記の 「マスコミに載らない海外記事」には、オレフ・チャフニボクがナチ党の敬礼をして演説し、米上院議員ジョン・マケインとも会談している様 子が載っているチョスドフスキィの記事(2014年2月24)を紹介している。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-9d10.html

これらのファシストは、現在、キエフ・クーデター政府のメンバーになっている。ウクライナ 議会の初代副議長で与党リーダーのアンドリー・パルビーはスヴォボダ(自由党)の共同創設者である。(2015年)2月14日、パルビーは、「高度な精密近代兵器を米国に与えて」もらうようワシントンに行く予 定であることを明らかにした。もし彼が成功したなら、それはロシアから見たら戦争行為(不法侵略行為)と見なされるだろう。

欧米の指導者は、ヨーロッパの中心部におけるファシズムの復活について誰もはっきりとは語 らなかった―ウクライナ国境地帯の至るところに現れたナチ侵略のために2200万 人の国民を失ったウラジミール・プーチンを除いては。最近のミュンヘン安全保障会議で、オバマの国務次官補でありヨーロッパ・ユーラシア問題補佐官のヴィクトリア・ヌーランドは、米国がキエフ政権を武装化することに反対するヨーロッパの指導者たちに罵りわめいた。彼女はド イツ防衛大臣に「敗北主義の大臣だ」と名指した。キエフのクーデターを立案し指揮したのはヌーランドだった。「ネオ-コン」の権威で過激右翼の「アメリカの新世紀プロジェクト(PNAC)」の共同創設者ロ バート・D・ケーガンの妻、彼女はディック・チェイニーの外交政策顧問だった。

ヌーランドのクーデターは計画通りにはいかなかった。 NATOは、ロシアの歴史的、合法的なクリミアの不凍港海軍基地を奪取することはできなかった。 1954年 にニキータ・フルシチョフによってウクライナに不法に併合されたクリミアの大部分のロシア住民は彼らが1990年代にしたように、ロシアに戻るため圧倒的な賛成票を投じた。一般民衆と国際的な 監視のもとで、住民投票が自発的に行われた。なんの侵略もなかった。

それと同時に、キエフ政権は民族浄化の残忍さで東部の少数民族ロシア人住民を攻撃し始め た。ネオ-ナチ民兵がナチ武装親衛隊のやり方で配置につき、彼らは爆撃しながら各 都市や町々の包囲に向かった。彼らは、電力を切断し、銀行口座を凍結し、社会福祉と年金を停止し、これで生じた大規模な飢餓状態を兵器として利用した。100万人以上の難民が国境を超えてロシアに逃れた。

欧米のメディ アでは、「ロシアの侵入」が引き起こした「暴力行為」から逃れるため住民がいなくなったと報道された。NATO司令官、ブリードラブ将軍 ―その名前と異常な行動は米映画監督スタンリー・キューブリックの「ドクター・ストレンジラブ」に影響を受けたのかもしれないが―彼は4万人のロシア部隊が「集結した」とアナウンスした。衛星写真による証拠が必要な時代に あって、彼は何の証拠も示さなかった。

この、ウクライナ人口の三分の一をしめるロシア語も話すバイリンガルの人々は、この国の民 族的多様性を反映し、またモスクワからも自治と独立の双方を願って久しく連邦化を求めてきた。その大部分は「分離主義者」ではないが、市民たちはキエフの権力横領に反対して郷土で安全に暮らしたいと思っている。彼らの反逆と自治「州」創設は、彼らに向けられたキエフの攻撃 に対する反動である。欧米の聴衆には、このことはほとんど何の説明もされなかった。

2014年5月2日、オデッサの労働組合本部では、警官がそばで傍観していながら41人のロシア系住民が生きたまま火あぶりにされ虐殺された。右派セクターの指導者ドミト ロー・ヤロシュは、「わが国民の歴史におけるもう一つの輝ける日だ」と大虐殺を絶賛した。アメリカとイギリスのメディアでは、「ナショナ リスト」[ネオ-ナチ]と「(親露派)分離主義者」[ウ クライナ連邦をめざす国民投票のために署名を集めていた人々]との「衝突」から生 じた「暗い悲劇」と報じられた。

ニューヨーク・タイムズは、ワシントンの新たな手下がファシズム的な反ユダヤ政策を取って いるという警告を、ロシアのプロパガンダであると退けその話を葬り去った。ウォール・ストリート・ジャーナルは、「ウクライナ火災死亡事件は親露派による放火か:政府見解」と、犠牲者側を非難した。オバマは、ウクライナ政権側の「節度」を評価した。

もしプーチンが彼らの援助に駆けつけ刺激させていたなら、欧米であらかじめ決められた「の け者[パーリア]」という 彼の役割は、ロシアはウクライナを侵略しているという嘘を正当化するものとなっただろう。1月29日、ウクライナ軍司令長官ヴィクトール・ムチェンコ将軍は、記者会見で彼が次のことを 強調して語ったとき、ほかならぬ米国とEUの対ロシア制裁の土台をうっかり否定してしまった。「ウクライナ軍はロシアの正規部隊とは戦っ ていない」と言ったのだ。これらは「非合法の武装グループ」のメンバーである「個々の市民」であったと。ロシアの侵入はまったくなかっ た。これはニュースにならなかった。キエフの副外務大臣ヴァディム・プリスタイコは、核武装したロシアとの「全面戦争」を求めた。

2月21日、 オクラホマ選出の共和党員、ジェイムズ・インハーフ米上院議員は、キエフ政権のためにアメリカの兵器を認可する法案を提出した。上院の趣 旨説明でインハーフは写真を利用した。彼が証拠と主張した写真はウクライナに侵入するロシア部隊であったが、ずっと以前に偽物と暴かれて いたものだった。それは、ニカラグアのソビエト軍施設とされたロナルド・レーガンの偽造写真、そしてコリン・パウエルが国連に提示したイ ラクの大量破壊兵器のでっち上げ証拠を思い出させた。

ロシアに対する徹底的な中傷キャンペーンの激しさと茶番劇の悪役としての大統領の描写は、 私の報道記者人生の中でも類を見ない。アメリカのもっとも著名な調査報道ジャーナリストの一人ロバート・パリー、イラン・コントラ・スキャンダルを暴いた彼が最近書いている。「アドルフ・ヒトラーのドイツ以来、自国民に戦争をしかけるためにナチ突撃騎馬隊を送り込むなど と考えたヨーロッパの政府はなかったが、キエフ政権はそれを知りながら故意にそのようにした。しかし西側のメディアや政治勢力は右から左 までおしなべてこの現実を隠すため、ひいては確固とした事実まで無視するに至る入念な取り組みをしていた。…もし、どうして世界が三度目 の世界大戦に入り込もうとしているのか疑問に思うなら―同様に1世紀も前に最初の 世界大戦に突入したのだが―すべての人は事実や道理が通じないことを証明したウクライナをめぐる狂気を見ることだ。」

1946年、ニュールンベルク裁判の判事は、ドイツのメディアに ついて次のように語った。「ナチの共謀者たちによる心理戦の利用はよく知られている。利己的な得策に基づく少数の例外を除いては、それぞ れの重要な攻撃の前段に、彼らは計算づくで攻撃相手を弱めるため、またドイツ国民に攻撃への心理的準備をさせるため、報道キャンペーンを 開始した、…ヒットラー国家のプロパガンダ・システムでは、もっとも重要な兵器が毎日の新聞とラジオであった。」2月2日付のガーディアン紙で、 ティモシー・ガートン・アッシュは、事実上、世界大戦を提唱した。見出しには「プーチンを止めなければならない」とあった。「ときには銃 だけが銃を止められる。」彼は、戦争の脅威により「包囲されているとのロシアの被害妄想を助長する」かもしれないと譲歩した。しかしそれ でいいのだと。彼は「仕事」のために必要な軍装備品の名前を挙げ、新聞の読者に「アメリカには最良の装備がある」と示唆した。

2003年、オックスフォード大学教授であるガートン-アシュは、イラクに大虐殺をもたらす結果となったプロパガンダを繰り返した。サッダム・ フセインは、「持っている、[コリン・]パ ウエルが立証したように、相当大規模な恐るべき生物・化学兵器を備蓄しそれらの残りのものも隠している。彼は依然として核兵器をもとうと している。」とガートン-アシュは書いた。また彼はブレアのことを「グラッドスト ン主義者、キリスト教的、自由主義的介入主義者」と讃えた。2006年には、「現 在、われわれは西側にとってイラク戦争後の大きな試練に直面している。イランである。」と彼は書いた。

このような考えの噴出-ガートン-ア シュが好む表現に言い換えれば「自由主義の葛藤(アンビバレント)の苦渋」は、ファウスト的(悪魔との)取り引きを行った欧米の自由主義 派エリートの典型的な考え方である。戦争犯罪人ブレアは彼らの敗北した指導者である。ガートン-ア シュの記事を掲載したガーディアン紙は、アメリカのステルス爆撃機の全面広告を掲載した。ロッキード・マーティン社が開発したその威嚇的 爆撃機の画像の上には、「F-35 イギリスに最適」だった。イギリスの納税者が13億ポンドを支払うことになるこのアメリカの「装備」、その前のFモデル・シリーズは世 界中で殺戮の限りを尽くした。その広告とうまく噛み合うように、ガーディアンの社説は軍事費の増大を要求していた。

もう一度確認するが、ここに深刻な意図がある。世界の支配者たちはウクライナのミサイル基 地だけでなくその経済が欲しいのだ。キエフの新財務大臣ナターリワ・ヤレスコは、米国の海外「投資」を指揮する元国務省の上級高官である。彼女にはウクライナ市民権が急きょ与えられた。狙いはウクライナの抱負なガス資源だ。米副大統領ジョー・バイデンの息子は、ウクライ ナ最大の石油・ガスおよび宣伝企業の現職役員だ。悪名高いモンサントのような遺伝子組み換え種子のメーカーは、ウクライナの豊かな農業土 壌を欲している。

とりわけ、彼らはウクライナの強力な隣国ロシアが欲しい。彼らは、ロシアの国土をバルカナ イズ(バルカン諸国のように敵対する小国に分裂させる)、つまり分割することを欲し、地球上で最大規模の天然ガス資源を搾取したいのだ。北極氷河が融解するこのとき、北極海とそのエネルギー資源、そしてまたロシアの長い北極圏境界線を支配したいのだ。モスクワの彼らの家臣 ボリス・エリツィンは、かつて自国の経済を西側に売り渡した酔っぱらいだった。彼の後継者プーチンはロシアを主権国家として再建した。そ れが彼の罪だった。

われわれの責任は、はっきりしている。戦争挑発者の無謀な嘘を確定し暴くこと、そして彼ら とけっして結託しないことだ。現代の数々の帝国国家に脆弱ではあるが文明をもたらしてきた偉大な民衆運動を再び呼び覚ますことだ。もっとも重要なことは、われわれ自身が―その精神、人間性、自らの尊厳―征服されないようにすることである。もし沈黙したままなら間違いなく打ち負かさ れてしまう。そしてホロコーストが招き寄せられるであろう。

(以上、翻訳終了)



 

Friday, February 27, 2015

翁長知事に「一日も早く埋め立て承認撤回を」アクションは続く Okinawan citizens urge Govenor Onaga to revoke reclamation approval

以下の記事にもあるように、沖縄の市民グループ New Wave to HOPE のメンバーらが中心になって、2月15日翁長知事に辺野古新基地建設のための埋め立て承認を撤回してもらうためのアクションを開始した。

第2回目「知事へのアクション」として3月1日(日)パレットくもじ前にて14時から16時まで行うとのこと。

2月16日琉球新報より
 
このアクションがきっかけとなって記事にもあるように、メンバーの宮島玲子さんが知事へのメッセージを募ったところたくさん集まり、2月25日には、県庁で知事に対して240通ものメッセージをアルバムに収めたものを届けに行った。知事に直接届けたいとの要請は通らなかったが、県広報交流課の喜友名潤班長が代理で対応した(沖縄タイムス2月26日に記事がある)。
 
 
メッセージの例として、Miyajima Reiko さんのフェースブックより。切実なものばかりだ。
 




宮島さんらがメッセージと一緒に届けた手紙より ―

知事もご存知のように、ここ沖縄では陸でも海でも日米両政府による暴力の嵐が吹き荒れております。

 日本政府の暴挙は許し難く言語道断な行為ですが、前知事の埋め立て承認を印籠のように示しながら牙を向いて私達県民に襲いかかるこの状況下、もはや一刻の猶予もありません。

こちらのアルバムには、辺野古の現場や、私達の呼びかけに賛同して下さった那覇市、浦添市、南城市、与那原町など様々な地域にお住まいの大勢の方から知事への熱い思いを込めた240枚のカードをまとめました。

ぜひ一枚一枚に目を通して頂けますようお願い申し上げます。

こちらのメッセージカードには、一刻も早い埋め立て承認撤回を求める声や、知事を支え共に頑張るというエールの声など、全てに市民の真摯な思いが込められております。

今後も引き続きメッセージカードを集めてまいりますので、次回はぜひ知事御本人にお目にかかりお渡ししたく、何卒ご配慮のほど宜しくお願い申し上げます。

県民の民意で沖縄県知事になったのだと仰ったあの頼もしいお言葉と共に、是非一日も早い埋立承認撤回宣言をして頂きたいと願うばかりです。

3月1日(日)パレットくもじ前で午後2-4時にまたアクションがある。

主催者からの言葉――「買い物帰りにでも遊びにいらして下さいね♪」

NO to Henoko Base! People of Okinawa Protest at the US Consulate General 辺野古基地建設を即時中止せよ! 沖縄市民が米国総領事館前で行動

On February 26, 70 people gathered in front of the Consulate General of the United States in Okinawa, to protest the plan to built a new marine base at Henoko. Their statement of protest(below) demanded cancellation of the US and Japanese governments' plans to build new military facilities in Henoko and Takae, and no more throwing of heavy concrete blocks into Oura Bay as well as immediate removal of those already placed. They also condemned recent remarks by Cap. Caleb Eames in which he called the protest "laughable," and denounced the arrest and detention of movement leader Hiroji Yamashiro and another protester on February 22 (two were released on the following day). See also below for photos of the action, organized by a group called Wankara no kai.

26日、沖縄の米国総領事館前での行動がありました。琉球新報の報道はこちら。

「新基地建設許さない」 70人が在沖米総領事館前で抗議
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-239523-storytopic-271.html

声明文はこれです。

 

Miyajima Reiko さんのフェースブックより報告を転載。

【わんから市民の会】
*「わんから」というのは「自分から」という意味の琉球の言葉です。

本日、米国領事館前で抗議アクションを行いました。...

何と75人も参加して下さいました。


参加された方からは「今度はいつするの?」「これは続けてほしい」という声が。

市民のリレートークあり、歌あり、声明文の読み上げ(英語&日本語)あり、今までのスタイルと全く違ったユニークなシュプレヒコールあり。

第一回目のアクションとしては大成功だったねとみんなで話しました。

今まで大人数が米国領事館前でこのようなアクションを起こすことはなかったとのこと。

米国は、長年辺野古の新基地建設については、日本政府と沖縄の問題だと知らんふりを決め込んでいます。

 冗談じゃない。

 米国は1995年の少女の尊厳を奪った事件のあったずっと以前から、既に辺野古に軍事要塞施設を造ることを目論んでいたことは米国公文書でも明らかです。

自国では決して出来ない沖縄に対するこのような暴挙に対する県民の怒りは、もはや、収まりません。





宜野湾市議の桃原功氏




 

Tuesday, February 17, 2015

名護市地元住民団体が翁長知事に「早急に埋め立て承認の撤回を表明すること」を要請 Residents of Nago call on Governor Onaga to declare revocation or Henoko reclamation permit

See English version below. The 10 districts north of Futami in Nago are situated on the opposite side of Oura Bay from Henoko, and the area is expected to suffer the most from noise pollution from the new Henoko base if it is built.

2月16日、新基地計画が強行されている名護市の住民団体が翁長知事に早急に埋め立て承認撤回を求める要請行動をした。2月17日沖縄タイムスの社会面にも報道されている。以下要請文を紹介します。

名護市の「二見以北」とは-
大浦湾沿岸に点在する10の小さな集落を「二見以北10区(二見集落より北に位置する10の集落)」と呼ぶ。辺野古新基地建設が計画されている辺野古崎から大浦湾を挟んで対岸に位置し、
基地建設による騒音被害を最も受ける地域。
(以下)


2015216

沖縄県知事 翁長 雄志 殿
 

辺野古・大浦湾に新基地つくらせない二見以北住民の会

会長 松田藤子

  副会長 勢理客宗吉/山城義和/東恩納琢磨

/新名善治/比嘉徳幸

 

翁長知事へ、辺野古埋め立て承認の早急な撤回表明を求める要請
 

 私たちは、日本政府が辺野古新基地建設を計画している大浦湾を挟んで米軍キャンプ・シュワブ基地の対岸に位置する(名護市東海岸)二見以北十区の住民です。十区合わせて1350人余の住民が生活しています。うち1000人余が、新基地建設反対署名活動に署名・賛同して発足したのが「辺野古・大浦湾に新基地つくらせない二見以北住民の会」です。 

 「基地は沖縄発展の阻害要因である」「辺野古新基地はつくらせない」と訴え、「誇りある豊かさ」をスローガンにかかげた翁長知事の誕生は、新しい沖縄の歴史を築く始まりと期待しています。私たちは、誇りある沖縄のため、基地問題だけでなく様々な側面から翁長知事を支え、頑張っていく所存です。そのためにも、「新基地建設阻止」は絶対にやり遂げなければならない課題です。翁長知事を先頭に、沖縄県民の民意のパワーで解決し、前進しなければなりません。
 

 しかしながら現在、大浦湾では、民意を無視した政府による暴力的な作業が連日強行され、大浦湾の貴重なサンゴや海草藻場が次々に破壊されています。海でも陸でも抗議する県民・市民に海上保安庁や機動隊の暴力が振るわれ、怪我人が続出しています。国が決定したことは、反対があっても必ずやると言っているように見えます。工事をどんどん進めることによって辺野古移設反対の民意を根底から崩し、県民に疲弊感を作り出していくのが狙いだと考えられます。 

 私たちは、このような理不尽な仕打ちに絶対に負けるわけにはいきません。住民や民意を分断する政府のやり方に対処するため、また、現場においてこれ以上の怪我や事故、自然破壊が起きないよう、私たち二見以北住民の会は翁長知事へ次の要請を行います。

 沖縄県知事の強い意思を日米両政府に示し、県民に今以上の勇気を与えてください。
 

 

・早急に埋め立て承認の撤回を表明すること

(同時に、取り消しに向けた検証委員会での検証はしっかり行っていただくよう期待します)  

 
(以上)


To

Governor Onaga Takeshi,

16 February 2014.


From

The Association of Residents of the Districts North of Futami Opposed to the Construction of a New Base at Henoko, Oura Bay.

President: Matsuda Fujiko

Vice-Presidents: Serikyaku SokiYamashiro YoshikazuHigashionna Takuma

Niina YoshiharuHiga Noriyuki

 

Letter of Demand calling on Governor Onaga to declare as soon as possible revocation of the permit for Henoko Reclamation 

We are residents of the ten districts north of Futami located on the opposite shore of Oura Bay to Camp Schwab, on Nago City’s East Coast. About 1,350 people live in these ten districts, and more than 1,000 of them have signed their opposition to construction of the new base and take part in the activities of this Association. 

We look to the birth of the Onaga governorship under slogans of “Bases are an Obstacle to Okinawan Development,” “Refuse to Allow the Construction of any New Base at Henoko,” and “a Prosperity We Can be Proud of” as marking the beginning of a new history for Okinawa. We are determined to strive for an Okinawa to be proud of, and to support you, Governor Onaga, not just on base matters but on various other fronts. To stop the construction of a new base is something that simply must be done. We must move forward under your leadership, Governor Onaga, to resolve these matters through the power of Okinawa’s people. 

However works are now being enforced day after day on Oura Bay, with the government ignoring the people’s will, and precious corals and sea-grasses being destroyed and the people protesting on sea and on land violently shoved aside by Coastguard and Riot Police, resulting in a stream of injuries. The government seems to be saying that once it has decided on a course of action it will not change, regardless of the opposition. Pressing ahead relentlessly with construction, it seems intent on fundamentally crushing the will of the Okinawan people opposed to construction and on driving them to exhaustion. 

We absolutely must not bow to such outrageous treatment. In order to deal with the government’s efforts to divide the residents and Okinawa’s will and in order that there be no more injuries and accidents at the site and that nature not be destroyed, we members of the Association of Residents of the Districts North of Futami Opposed to the Construction of a New Base at Henoko, Oura Bay issue the following demand. 

We call on you, Governor Onaga to display firm resolve to the governments of Japan and the United States, thereby inspiring us Okinawan people to greater courage. 

We Demand: 

That you declare as a matter of urgency your revocation of the license to reclaim Oura Bay.

At the same time, that the special committee investigating the granting of the reclamation license carry forward its proceedings as a matter of urgency (with a view to cancellation).

Monday, February 16, 2015

「承認撤回NOW!」「政治判断NOW!」「政治判断NOW!」―翁長知事への「埋め立て承認撤回を求めるアクション」報告 Okinawan citizens rally to ask Governor Onaga for immediate revocation of Henoko reclamation approval

沖縄の市民グループ New Wave to HOPE のFacebook より転載します。写真も New Wave to HOPE によるものです。16日の琉球新報社会面にも「知事に『承認撤回』を 新基地建設 市民らメッセージ集め」という見出しで報道されています。

【翁長知事へのアクション】

本日2月15日14時から16時まで、翁長知事への「埋め立て承認撤回を求めるアクション」を那覇市久茂地パレット前で行いました。

このアクションにはNew wave to HOPEのメンバーと、メンバーの知り合いや友人達も駆けつけて下さり、総勢約20人が街頭に立ち三つのスローガンをマイクで訴えながら、道行く人達に翁長知事へのメッセージカードを書いて頂きました。...


本日は65枚の老若男女の皆さんからの言葉を頂きました。


何枚か紹介します。

「沖縄に基地は要らない、造らせないといった言葉を有言実行で!」

 「早急に埋め立て承認の撤回をお願いします」

 「辺野古は時を待ってはくれません。早い行動を」

 「とにかく頑張りましょう。もう理屈は入りません」

 「検証委員会の報告まで待てません。すぐ工事差止の決断と行動を!」


県民のみならず海外の方、県外の方も書いて下さいました。

謎のゴレンジャーの皆さんにもメッセージカードを書いて頂き、その場も思わず盛り上がり2時間のアクションを終えました。

学生達も「辺野古を守りたい、沖縄を平和にしたい」という思いで書いてくれました。

ご高齢の婦人は「もう基地は沖縄には要らない。辛い」とお話しされていました。

私達の三つのスローガン

「承認撤回NOW!」
「政治判断NOW!」
「民意をバックにGO!」


これらが翁長知事に届くまで市民アクションを続けてまいります。

本日ご協力頂きました皆様に心よりの感謝を申し上げます。


















★★★

アメリカン大学教授、ピーター・カズニック氏からこのアクションに届けられたメッセージ


「翁長知事、辺野古撤回 NOW!」市民アクションへのメッセージ
寒くて雪も降っているワシントンDCよりメッセージを送ります。
沖縄の人々が普天間基地の県内移設に反対していることは何度も何度も証明済みであるのにもかかわらず、現在安倍政権は辺野古の新基地建設を強行しようとしています。 
私たちは、この野蛮で非民主的な行為に勇敢に立ち向かっている今日のアクションの参加者と、基地を望まない全ての沖縄の人々と共に闘っています。 
皆さんはすでに仲井眞知事に裏切られています。だから翁長知事に同様にされることだけはないようにしなければいけません。 
今週、私は日本大使館に行って、皆さんも協力してくれた、辺野古移設反対の署名17000筆を届けてきました。少しでも役に立てれば嬉しいです。 
私も今日、飛んでいって皆さんと一緒に行動できたらどんなにいいかと思います。 
しかしそこにいなくとも、私たち海外の仲間たちも私も、気持ちの上では皆さんにぴったり寄り添っています。皆さんが沖縄で行っている運動は私たちも刻一刻とフォローし、かたずを飲んで見守っています。 
今日のアクションがきっかけとなり運動がどんどん広がっていくことを祈っています。 
連帯の気持ちと愛と感謝をこめて、 
アメリカン大学歴史学教授
ピーター・カズニック