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Monday, May 22, 2017

翁長知事に埋立承認「撤回」を再度求める:うるま市島ぐるみ会議

元裁判官の仲宗根勇氏らが共同代表をつとめる、うるま市「島ぐるみ会議」が5月26日に再度翁長雄志沖縄県知事に対し辺野古の埋立承認「撤回」の要請を行います。以下、仲宗根氏がフェースブックで公表している要請書の内容を転載します。下方の関連記事リンク集も御覧ください。
5月18日、辺野古での抗議行動においてスピーチする仲宗根勇さん。
(写真提供: Tamiko Heshiki)

(要請書ここから。事務局長の住所と電話番号は割愛してあります)

沖縄県知事                  平成29年5月26日 
翁長雄志殿
前知事の辺野古埋立承認行為の即時撤回を求める

要  請  書

                             うるま市「島ぐるみ会議」
                              共同代表:仲宗根勇・平安山英盛・兼城賢次
                                   照屋寛之・金城秀吉・上原政英
                                   照屋大河・山内末子
                              事務局長:伊芸佑得

要 請 事 項
前知事のした埋め立て承認の行政行為を、貴職において一刻も早く撤回して下さい。

要 請 理 由 
1 うるま市「島ぐるみ会議」は、貴職に対し今年早々の1月13日に今回と同様の承認撤回を要請しました。昨年12月20日に県の上告が棄却された違法確認訴訟について県の敗訴が確定した後、貴職が2015年10月13日にした埋め立て承認の取り消しを12月26日に取り消したため「承認」が復活し、和解で止まっていた工事が翌27日から再開され、汚濁防止膜の設置が進められる危機感からの要請でした。あれから4か月余が経過しました。その時対応した謝花喜一郎知事公室長は「要請の思いを強く受け止めている。猶予がないという認識はある。しっかりと知事に要請内容を伝え、県民の思いに応えたい」と述べました。

2 貴職は就任以来記者会見などで何度も「承認の撤回も視野に入れている」と表明し今年1月4日の年頭挨拶の中で、新基地建設阻止を県政の柱とされ、3月25日の辺野古集会に知事として初めて参加され「撤回を必ずやる」と明言し、県民の喝采を受けました。

3 政府は4月25日、埋め立て工事を開始し、抗議する県民を機動隊で実力排除して工事が進められ、後戻りできない事態が日一日と積み重ねられています。今後予想される撤回裁判を考慮すると、事態は一刻の猶予も許されない状態に立ち到りました。巷では承認撤回に動かない県に対し、不安と不信の感情が渦巻いています。

4 これまでの県の担当部局の説明では、撤回理由について法的検討を続けており、今後の工事の推移も見ながら検討するとのことです。しかし、今後は工事進行とともにこれまでの違法な工事が量的に増大するだけで、これまでと異なる新たな撤回理由は生じないはずです。10万票の大差で翁長雄志氏が当選した時点から、撤回理由のひとつとなる「民意」のほか、知事の指示不服従・協議義務違反、自然保護、文化財など国の責めに帰すべき撤回理由が両手で数えられないほど存在しています。

5 国は過去2回(2015年3月30日知事の海底変更作業の停止指示・10月27日承認取り消し)も行政不服審査法を悪用して効力の一時停止をした。国による撤回の効力停止を封ずる法的対抗措置も検討し、撤回と同時に実行してください。

(要請書ここまで)

これまでのこのブログでの関連投稿:

仲宗根勇: 沖縄差別の源流と「和解」をめぐる疑惑・今後の闘い

【重要】辺野古埋め立て「違法確認訴訟」最高裁で県が敗訴しても知事は判決を理由に埋立承認取消を取り消すことはできません/させてはいけません―元裁判官仲宗根勇氏との問答

辺野古違法確認訴訟:最高裁判決は翁長知事に埋立承認取消の取消を命じるものではない。

沖縄の環境団体、市民団体、翁長知事に一刻も早い埋立承認「撤回」を求める

緊急シンポジウム「沖縄はどうすべきか」 報告

翁長知事が予定する埋立承認「撤回」で止まる工事を止めたままにさせるために

以下は「沖縄タイムス」記事へのリンクです。

沖縄タイムス【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】(上)(下)掲載

新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(上)】辺野古基地 撤回を先に 知事選以降 民意揺るがず

【新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(下)】知事「決断」のみ国縛る 「回避」基地阻止と逆行



Friday, May 12, 2017

日系カナダ人からオンタリオ州ウィン首相への手紙:私たち日系カナダ人は、オンタリオ州議会のBILL79(南京大虐殺を記憶する日の設立)を支持します。A Letter to Premier Wynne: We Japanese Canadians Support Bill 79, an Act to proclaim the Nanjing Massacre Commemorative Day

【日系カナダ人からオンタリオ州ウィン首相への手紙】A Letter from Japanese Canadians to Ontario's Premier Kathleen Wynne (Japanese translation provided) 

日本語仮訳をつけましたので御覧ください。
自らを日本人、日系人、日系カナダ人、あるいは日系カナダ人社会の一員と自認する人であれば署名できます。(特記はありませんがカナダに住んでいることが前提とされていると思います)
署名はここから:

小説Obasan(邦題:「失われた祖国」)で有名な作家のジョイ・コガワ氏、日系カナダ人強制収容のリドレス(過去の不正を正す)運動に貢献したロイ・ミキ氏など、日系カナダ人社会で影響力を持つ人たちがたくさん署名しています。いまのところの署名者一覧はこのレターの最後にあります。
https://docs.google.com/document/d/1xvuNylgt_HxDkZLjqUx1WeF_3SzaQFAQ6Ih2rSsEdcc/pub 


Letter to the Premier:
オンタリオ州 キャスリーン・ウイン首相への手紙


Japanese Canadians for Bill 79
BILL79を支持する日系カナダ人より


This letter offers a Japanese Canadian voice in support of Bill 79 in the Ontario provincial legislature. If you identify as Japanese, Japanese Canadian, or Nikkei, or are part of a Japanese Canadian community, we encourage you to sign on to the letter here before Monday, May 15th.
この手紙は、オンタリオ州議会におけるBILL79を支持する日系カナダ人の声を届けるものです。ご自分を日本人、日系カナダ人、「ニッケイ」、または日系カナダ人社会の一員と自認していましたら、この手紙に5月15日までにサインしてもらうようお願いします。


(以下がレターです)

Dear Premier Wynne, ウイン首相へ
We are a diverse group of Japanese Canadians writing to you in support of Bill 79 (An Act to proclaim the Nanjing Massacre Commemorative Day). We wish to express our support for the bill for the following reasons:私達は、BILL79(南京大虐殺を記憶する日を宣言する法案)を支持する多様な背景を持つ日系カナダ人のグループとして首相に手紙を書いています。私たちは以下の理由によりこの法案を支持します。
1. The Nanjing Massacre of 1937 is a historical fact. Preserving this history helps us to learn from the past, and to support calls for justice in the present. 1937年に起きた南京大虐殺は歴史的事実です。この歴史を保存することは過去から学び、現在のさまざまな正義への訴えを支持することに役立ちます。 
2. Many Chinese, Korean, and other Asian Canadian individuals and organizations support Bill 79, because it gives voice to their communities’ experiences of grave injustice. We wish to stand in solidarity with them, in the same way that many of them stood in solidarity with us in our struggle for Japanese Canadian redress in the 1980s.[1] 多くのチャイニーズ系、コリア系、他のアジア系のカナダ人の個人や団体は、自分たちのコミュニティーが経験した過酷な不正義に声を与えるという理由から、BILL79を支持しています。 これらのコミュニティーの人たちが、1980年代の日系カナダ人のリドレスへのたたかいにおいて私たちと連帯したように、私たちもこの人たちと連帯したいと思っています。 [注1]
3. Some have argued that Bill 79 will incite intolerance against Japanese Canadians. We believe this argument is unfounded: in fact,similar memorial days commemorating the Holocaust (1998) and the Ukrainian Holodomor (2009) in Ontario have encouraged learning and created opportunities for reconciliation, rather than promoting intolerance. BLL79が、日系カナダ人に対し不寛容を駆り立てるであろうという人がいますが、私たちはこの主張は根拠のないものと見ています-実際に、オンタリオ州では類似の記念日がホロコースト(1998年制定)ウクライナのホロドモール(2009年制定)について制定されており、それらの記念日は学びを促進し、不寛容ではなく和解の機会を創造してきています。 
4. Some have also argued that Bill 79 deals with a foreign issue, one that does not concern Ontarians; yet many Japanese and Asian Canadians in this province have strong personal ties to the history of war in Asia. As long as Ontarians are affected by this history and how it is remembered, Bill 79 remains very much a local concern. BILL79は外国の事柄を扱っているからオンタリオ州住民が関与するものではないと主張する人もいます。しかしこの州の多くの日系、アジア系カナダ人たちはアジアの戦争の歴史に個人的な強いつながりを持っています。オンタリオ州住民がこの歴史と、この歴史がどう記憶されるかに影響を受ける限りは、BILL79は多いに地元が関与する問題であると言えるでしょう。 
5. We believe that acknowledging the past is a necessary first step toward reconciliation in the present. As Japanese Canadians, we feel that supporting the commemoration of the Nanjing Massacre will lay the groundwork for reconciliation between Japanese and wider Asian communities, in Ontario and beyond.私たちは、過去を認めることは現在の和解につながる第一歩であると信じています。日系カナダ人として、南京大虐殺の日を記憶していくことは、オンタリオ州の日系と他のアジア系のコミュニティー間に、さらにそれを超えて、和解の土台固めをするものと感じています。
We recognise that Bill 79 deals with a history that many find uncomfortable and divisive. Yet avoiding or suppressing this history only makes it more painful, and deepens divisions between us. By acknowledging history instead, Bill 79 creates much-needed space for dialogue, understanding, and empathy, and signals hope for reconciliation for present and future generations. We therefore hope that your government and our society will join us in supporting Bill 79.
私たちは、BILL79が扱う歴史の一章が、多くの人にとって居心地が悪く、意見が分かれると思うものであることは認識しています。しかし、この歴史を避けたり抑圧したりすることは、より痛みと分断を深くする結果となります。BILL79は、この歴史を認めることによって、求められている対話、理解、共感のスペースを創造し、現在と未来の世代に和解への希望のシグナルを送るものです。以上の理由から、オンタリオ州政府と、私たちの社会が、私たちのBILL79への支持に加わることを望みます。

1 The Korean Canadian Cultural Association of Metropolitan Toronto, which has endorsed Bill 79, was part of the National Coalition for Japanese Canadian Redress. Key members of the Toronto and London chapters of the Chinese Canadian National Council, which was also part of the National Coalition, have supported the bill as well.
注1:BILL79を支持する The  Korean Canadian Cultural Association of Metropolitan Toronto (メトロポリタントロント・コリア系カナダ人文化協会)は、日系カナダ人のリドレスを支援する全国連合に加入していました。やはりこの連合に加入していたChinese Canadian National Council (チャイニーズ系カナダ人全国評議会)のトロントとロンドン(オンタリオ州)支部の主要メンバーたちも、BILL79を支持しています。

(以上)

(日本語訳は仮訳です。日本語文と原文と齟齬がある場合は原文を正規のものとして扱ってください)

Sunday, May 07, 2017

「岡まさはる記念長崎平和資料館」理事長・高實康稔さんを偲ぶ Remembering Yasunori TAKAZANE, director of Oka Masaharu Memorial Nagasaki Peace Museum

尊敬する「岡まさはる記念長崎平和資料館」の高實康稔(たかざね・やすのり)理事長が4月7日亡くなったときき、4月28日、長崎を訪ねました。父方のルーツのある長崎は私にとって特別な場所でしたが、ここ10年は、アメリカン大学&立命館大学「広島・長崎平和の旅」の通訳・コーディネーターとして8月7-10日は長崎で過ごしてきました。長崎原爆の朝鮮人被爆者問題をはじめ、大日本帝国の侵略と植民支配の歴史をつづる「岡まさはる資料館」は私たちの旅の参加者50余名は毎年訪れ、広島・長崎の原爆とその被害を、大日本帝国の歴史全体の中で理解する試みをしてきました。8月9日の朝は、長崎市の式典の前に長崎原爆朝鮮人犠牲者の追悼碑の前で開く「早朝集会」では高實氏はいつも入念に用意したスピーチを行い、その内容はこのブログでも紹介してきました(昨年のものはここ)。今回長崎新聞に対して話した問題意識も、高實さんと「岡まさはる資料館」から学んだことがあればこそのことです。長崎を訪れる人は、長崎駅から歩いていける、有名な「二十六聖人殉教地」のすぐ近くにある「岡まさはる資料館」をぜひ訪れてください。2013年オリバー・ストーン監督が訪れその重要性を実感、「東京にこそこのような資料館があるべきだ」と言っています。5月7日には、高實さんとの「お別れの会」が長崎市内で開かれ、250人の人が集まったときいています。そこで読まれたストーン監督のメッセージは
私達の長崎の歴史家が逝ってしまったことを聞いて悲しく思います。高實さんは素晴らしい方で、私達全員にとって手本となる人でした。謙虚な方であったことを記憶しており、私たちが岡まさはる資料館に行ったことを高實さんが高く評価してくれたことを聞いて光栄に思います。 -オリバー・ストーン
以下、5月6日の長崎新聞に掲載された私のインタビューを長崎新聞の許可を得て転載します。


Tuesday, May 02, 2017

琉球新報「分断を超えて 今、本土から見つめる4.28」シリーズ: 乗松聡子「差別やめる歩みを-加害の認識ないヤマト」Satoko Oka Norimatsu in Ryukyu Shimpo: Mainland Japanese Must Recognize Their Responsibility for Okinawa

台湾・沖縄・日本の旅を終えてカナダに戻ったところです。台湾では4月18日、中央研究院(Academia Sinica) 社会学研究所で沖縄の現状について地元の研究者対象に話をしました。沖縄では、4月22日、沖縄大学にて『オール沖縄を越えて-島々渡し平和世論を世界へ』(シンクタンク・コア主催)で、石垣島の山里節子氏、宮古島の石嶺香織市議などと共に列島の軍事化に抵抗する道を探りました。23日は沖縄国際大学にて「大田昌秀氏2017年ノーベル平和賞ノミネート記念学習会」(「沖縄の人びとにノーベル平和賞を」実行委員会主催)で石原昌家、高良鉄美両氏と、大田昌秀氏のノーベル賞ノミネートの意義を語り合いました。

1952年、サンフランシスコ平和条約発効によって沖縄が切り離された4.28「屈辱の日」65周年にあたり、『琉球新報』に「日本本土」の筆者5人による記事シリーズ「分断を超えて 今、本土から見つめる4.28」が掲載されました。その一人として執筆させていただいた私の5月1日の記事、許可を得てここに転載します。

琉球新報社提供
注:この記事はこの投稿のURLを拡散することによって共有してください。琉球新報社の許可なしにこの記事イメージを使うことは禁じられています。

Friday, April 14, 2017

お知らせ  - Upcoming Events in Taiwan and Okinawa

東京、沖縄、台湾訪問の旅の最中です。

「沖縄タイムス」に4月12、13日に掲載された記事リンクを記します。

【新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(上)】辺野古基地 撤回を先に 知事選以降 民意揺るがず

【新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(下)】知事「決断」のみ国縛る 「回避」基地阻止と逆行

また、4月18日(火)台湾で、22日(土)、23日(日)沖縄での催しのポスター・告知を下に貼り付けます。



Wednesday, April 05, 2017

『週刊金曜日』3月31日号より: 軍と性暴力を考える From March 31 edition of Shukan Kinyobi: Military and Sexual Violence

このブログでも沖縄紙への一連の寄稿を紹介してきた、宮古島市議石嶺香織氏のFB発言をめぐる論争に喚起された「軍と性暴力」の問題について、『週刊金曜日』3月31日号から黒島美奈子氏、このブログ運営人の乗松聡子の記事、宮古島市議会での一連の経緯をつづる渡瀬夏彦氏の記事を転載許可を得て紹介します。同号でもう一つ、週刊金曜日編集部による記事がありますが、それは以下、同誌のHPで公開されています。

南西諸島の自衛隊配備問題、性暴力への懸念表明した
沖縄の宮古島市議に脅迫的な攻撃も
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=6746

注:これらの記事は転載許可を得た上で転載しているものです。この記事画像を他のサイトやSNSへの転載はしないでください。拡散はこのブログ投稿のリンクを使ってしてください。




Monday, March 27, 2017

翁長知事が予定する埋立承認「撤回」で止まる工事を止めたままにさせるために

翁長知事が3月25日に埋立承認「撤回」をする予定であるとの表明をしたことに注目する。

ここで、元裁判官の仲宗根勇氏がずっと訴えてきていることを強調したい。

埋立承認「撤回」と同時に、政府に行政不服審査法を乱用しての一時停止の申し立てをさせないための「執行停止の差し止めの訴え」と「仮の差し止め」を同時に提訴すれば、行政行為の公定力によって撤回の効力が持続し、工事は止まる。

翁長知事による、2015年10月の「埋立承認取消」の際も、「取消」を行う前に仲宗根氏ら法律の専門家は「執行停止の差し止めの訴え」と「仮の差し止め」を提言していたにもかかわらず翁長知事はそれらをしなかったために政府からすぐに「執行停止」をされてしまい工事を許した。それを繰り返さぬためにも、「撤回」と同時に上記の手続きを行う必要がある。

参照 仲宗根勇氏のフェースブック
https://www.facebook.com/isamu.nakasone.77/posts/1860245470890978?pnref=story
平安名純代氏のフェースブック
https://www.facebook.com/sumiyo.heianna/posts/1103304283107113

参考記事:
仲宗根勇: 沖縄差別の源流と「和解」をめぐる疑惑・今後の闘い

辺野古埋め立て「違法確認訴訟」最高裁で県が敗訴しても知事は判決を理由に埋立承認取消を取り消すことはできません/させてはいけません―元裁判官仲宗根勇氏との問答

緊急シンポジウム「沖縄はどうすべきか」 報告

沖縄タイムス【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】
(上)http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87606
(下)http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87608

Friday, March 24, 2017

グローバル化とは金融植民地主義を指す現代用語にすぎない(ジョン・スミスとの対談) Globalization Is Just a Contemporary Word for Financial Colonialism

 2013年4月24日に、バングラデシュの首都ダッカ近郊にあった縫製工場の雑居ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、1100人以上が亡くなった。この工場に製品を発注していたのは、いくつもの先進国の服飾販売会社だった。
 貿易の自由化で関税が撤廃され、先進国の製造業は安い労働力を求めて次々と海外に工場を移転させてきた。服飾産業はこの典型で、世界最低賃金の労働力を目指し、多くの企業がバングラデシュを製品製造国に選び、その中でも賃金の安い女性が多く働くことになった。
 バングラデシュでの製造が安上がりなのは、その賃金だけでなく労働安全や環境保護にほとんどコストを掛けずに済むからでもある。その結果起きたのが、ラナ・プラザの崩壊だった。
 カナダCBC制作のドキュメンタリー『メイド・イン・バングラデシュ』(2013年)は、あるインド系服飾デザイナーの目を通して、この事件につながる先進国ブランドと、バングラデシュ服飾工場労働者の実態を描き出す。
 なぜこのようなことが起きるのか。『21世紀の帝国主義:グローバル化、超搾取、資本主義の最終危機』を2016年に出版した異色の経済学者、ジョン・スミスは、ラナ・プラザの崩壊を手がかりに、超資本主義が内包する差別と搾取の構造を解き明かす。労働者の国境を越えた動きを制限することで生まれる階級分断と賃金格差を利用して、途上国ばかりではなく先進国の労働者の生活をも切り下げているにもかかわらず、主流経済学が振りまくGDP幻想がこの仕組み全体を見えなくしていると指摘する。
 トランプ大統領は、アメリカ人の暮らしを悪化させたのは移民のせいだとして、不法移民を排除する壁を建設すると主張しているが、先進国に移民が押し寄せることと、工場が途上国へ移転することは、じつは資本主義が作り出した一体の現象なのだ。このシステムが、第二次大戦後に植民地が名目上の独立を果たした後の「新植民地時代」を支え、先進国に富を吸い上げてきたのだが、21世紀に入って搾取のレベルが極限まで達し、資本主義は危機に陥っている。
 ラナ・プラザの崩壊は他人事ではない。私たちが買う物を通してこの暴力に加担していると同時に、ここに至ったのと同じ構造が縮図のように日本の中にもあるからだ。企業の採用を減らして狭き門にする一方で、お抱えの人材派遣会社による二重基準の雇用。一度退職したら異常に高い再就職への壁。これらが、労働の自由市場を機能不全にし、正社員と非正規労働者の階級分断を作り出している。
 全世界の労働者を搾取している階級分断をなくすためには、生産手段を資本家から労働者の手に取り戻すことが必要だとジョン・スミスは説く。労働者は資本家の言うなりに雇用されることから脱却して自由になる必要がある。これを不可能なことだと思い込ませているのは、資本主義が作り上げた広報宣伝、つまり刷り込みではないかと疑ってみる価値がある。

 今回、翻訳して紹介するのは、ジョン・スミスがトゥルスアウト誌のマーク・カーリンの質問に答えた対談記事ですが、先にドキュメンタリー映像『メイド・イン・バングラデシュ』(日本語字幕付)をご覧いただくと、理解が深まるのではないかと思います。

(前文・翻訳:酒井泰幸)



ドキュメンタリー『メイド・イン・バングラデシュ』(カナダCBC制作、43分)

CBCのYouTube動画:https://www.youtube.com/watch?v=onD5UOP5z_c&t=2060s

 私たちの服にはバングラデシュ製のラベルが付いたものがたくさんある。 しかし 2013年4月にバングラデシュの縫製工場が崩壊し多くの死者を出すまで、私たちの多くはそれを作る人々のことを考えていなかった。ラナ・プラザの瓦礫の中からカナダ向けの衣服が見つかると、カナダ企業は「どうしてこんなことになったのだ?」という驚きで反応した。
 番組「フィフス・エステート」のマーク・ケリーはバングラデシュに行き、カナダ向けの服を今も危険な労働条件で作らされているという労働者たちを追った。ケリーは刑務所に収監されたラナ・プラザで最大規模の工場の所有者に独占インタビューを行い、彼の何百万ドルものビジネスが長期にわたってカナダと繋がっていたことが明かされる。
 『メイド・イン・バングラデシュ』は 2014年の国際エミー賞・時事問題部門賞を受賞した 。(初回放送:2013年10月11日)

日本語字幕付き
https://amara.org/en/videos/CFrQc2EVLBv3/info/made-in-bangladesh-the-fifth-estate/
(動画左下の言語メニューをEnglishからJapaneseに変更すると日本語字幕でご覧いただけます。Apple iOSデバイスでは字幕表示できません。)


グローバル化とは金融植民地主義を指す現代用語にすぎない(ジョン・スミスとの対談)

原文:Globalization Is Just a Contemporary Word for Financial Colonialism

2017年3月12日、聞き手:マーク・カーリン(トゥルスアウト誌)

 バングラデシュのダッカ近郊で2013年に複数の縫製工場が入っていたラナ・プラザ服飾工場の建物が崩壊し1100人以上が死亡した。服飾産業史上最悪の惨事への関与が疑われる41人を、バングラデシュ警察は2015年6月1日、殺人容疑で正式に起訴した。
 現在の帝国主義と植民地主義はどのような姿をしているのだろうか? ジョン・スミスの著書『21世紀の帝国主義:グローバル化、超搾取、資本主義の最終危機』によると、中核にいる資本主義諸国は、軍事力や他国の直接政治支配にはもう依存していない。それどころか、特に南半球で金融支配を維持し、労働者を搾取して自らの利潤を拡大している。
 「持てる」国家は、先進国労働者の悲痛なほどの低賃金という犠牲の上に、自国企業の利潤を増大させる。これを先進国はグローバル化と呼ぶのだと、ジョン・スミスは自著『21世紀の帝国主義』で主張している。スミスはトゥルスアウト誌との対談で、グローバル化とは新植民地主義の別名に過ぎないという自身の主張を論じる。

マーク・カーリン:この本が2013年に起きたラナ・プラザの崩壊事件から始まるのはなぜですか? 搾取されたバングラデシュの服飾労働者が千人以上も命を落としましたね?

ジョン・スミス:理由は3つある。第一に、ラナ・プラザの惨事は、偶然の事故ではなく凶悪な犯罪だが、世界中で何億人もの人々に共感と連帯[訳註:solidarity 義務や拘束でなく、自発的に二人以上が力を出し合って協力する、積極的な連帯]を呼び起こし、私たちのTシャツやズボン、下着を作る女性や男性たちと、私たち全員がどれほど密接に繫がっているかを思い起こさせてくれた。低賃金国の何億人もの労働者が堪え忍んでいる、危険で搾取的で抑圧的な状況を典型的に示していた。彼らの労働が、帝国主義国の企業に原材料と中間資材のほとんどを供給し、そこで働く私たちに消費財の多くを供給している。私はこの本の最初で、この大勢の低賃金労働者を読者のいる部屋に連れてきて、私たちの相互依存の事実に読者を向き合わせたかったのだ。また、賃金や生活環境、人生のチャンスに大きな格差があるのに、私たちが往々にして見て見ぬ振りをしているという事実にも向き合って欲しかったのだ。

 これが二番目の理由につながる。現代の最も偉大な革命家、フィデル・カストロは、キューバが示す比類のない国際的連帯のことを、人類全体に借りを返しているのだと説明した。帝国主義国に住む私たちは、我が国の政府と多国籍企業が今でも荒らし続けている国々にいる私たちの兄弟姉妹に、連帯に関して多額の借りがあるのだ! この借りを私たちが認め、返済を始めるまでは、いかなる社会主義や進歩の話もできない! 社会主義の本当の意味を、私たちは再定義し、むしろ再発見しなければならない。それは資本主義と共産主義の間にある社会の移行段階だ。そこでは、働く人々の平等と結束を破るような、あらゆる形態の抑圧や差別が、進歩的に意識的に克服される。議論の余地なく明らかなのは、この平等への最大の侵害と、私たちの結束への最大の障害物は、世界を一握りの抑圧国家とその他の国々に分断することから生じていること、また帝国主義国家で働く人々は、このズタズタに分断された状態を治すために、政治権力を奪取し生産手段の支配権を奪う必要があるということだ。これが、私が『21世紀の帝国主義』をラナ・プラザの惨事から始めようと決めた理由だ。

 最後に、ラナ・プラザとバングラデシュの服飾産業は極めて有益なケーススタディーで、他の低賃金製造輸出国家とも共通する特徴の良い例となる。この中には、極度な低賃金の重要性、雇用主が女性労働者を優先することや、帝国主義国に本社を置く企業が、外国直接投資とは異なり、低賃金仕入先との関係にますます距離を置くようになっていることなどがある。さらに、バングラデシュ服飾産業を分析することで、主流経済学では解決できず、マルクス主義経済学者はほとんど手を着けようとしないような、一連の疑問と逆説が浮かび上がる。その中で最も重要なのは、生産性を賃金が反映するという主流経済学の原則で、もしバングラデシュの賃金がそれほど低いなら、同国の労働者の生産性はそれ相応に低いことを意味するのだが、彼らがこれほど猛烈に長時間働いているのに、どうしてそんなことが言えるのだろうか? もう一つ、生産が世界的に低賃金国にシフトしていることと、まだ初期段階にある世界的経済危機との間には、どのような関係があるのだろうか? この疑問は、主流経済学と多くのマルクス主義経済学による経済危機の説明から抜け落ちていて、私の意見では完全に冗長な説明になっている。したがってラナ・プラザ惨事とバングラデシュ服飾産業の研究からは、続く各章のテーマとなる一連の問題と逆説が生まれ、以降の本書の内容を整理する役割を果たしている。

世界的に先進国が主張する超資本主義(uber-capitalism)は、直接政治権力で植民地国家を支配する必要性を、どのように過去のものにしたのでしょうか?

 超資本主義は価値法則至上主義[価格が全て]を意味し、現在これが全ての局面で支配している。言い換えれば、市場(特に資本市場と、市場を通して社会的権力を振るう資本家)が、かつてないほどに世界を支配している。だからといって、世界はこれだけでできているという意味ではない。資本主義以前の共同社会と自給自足経済は、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの一部に今も残っている。また、帝国主義の民主主義国において福祉国家という形で現れるポスト資本主義の経済関係もある。(これらの国々で労働者が勝ち取った大きな権利は、大部分が低賃金国での超搾取から得た収益で賄われている。)キューバでのポスト資本主義の経済関係は労働者の革命権力に守られ、中国の社会主義革命の名残は資本主義へ移行中であるにもかかわらず覆されずに残っている。しかし、地球の南側で抑圧された国家に資本主義的社会関係の支配が拡がるにつれ、また旧社会主義国の資本主義への回帰が加速するにつれ、残っている非資本主義の砦(とりで)は縮小し、現在は蔓延する「市場原理」(つまり資本主義権力の婉曲語)に対抗しながら存在している。

 資本の社会的権力は、いわゆる法の支配を通して執行され、私有財産の不可侵性を称賛し、人命の尊厳を否定する。これに対し、たとえば債務不履行や資産没収によって、資本家の財産を保護する法律に楯突こうとする者には、最も厳しい経済的懲罰が科され、それでも不十分なら、政権転覆、テロリズム、軍事侵略で脅されることになる。昔の植民地主義から現在の新植民地主義への移行は、奴隷制から賃金奴隷制への移行に似ており、資本主義以前の古めかしい支配と搾取の形態の大部分を資本主義が捨て去った一方で、支配に対して革命を起こされた場合に用いる軍事力の独占には細心の注意を払っているということを意味するに過ぎない。

「GDP幻想」とは何ですか?

 GDP(国内総生産)は、国家経済の内部で販売するために生産された全ての物品とサービスの金銭的価値の尺度だ。これは、除外しているものについて批判されることが多い。販売するために生産されない物品とサービスは含まれず、たとえば家庭内労働によって生産されるものや、国家によって無償で提供されるものなどだ。また、たとえば環境汚染や労働者の健康被害などのように、民間企業の会計には現れない社会的コストや環境コスト、いわゆる「外部不経済」も除外される。しかし、私の知る限り、GDPが含んでいるものについて批判されたことはない。この問題を説明するには、バングラデシュで作られ米国で消費されるTシャツの利幅をよく見ることだ。単純化のために輸送費と生産に使われる原材料費を無視すれば、販売価格20ドルのうち19ドルまでが、商品が消費される米国のGDPに現れるが、バングラデシュのGDPはたった1ドルしか拡大せず、その内訳は、工場所有者の利潤と、国家が徴収した税、Tシャツを実際に作った労働者に支払われる2〜3セントの賃金だ。この19ドルの利幅は、卸売業者と販売業者の「付加価値」と、この二者にサービスを提供する広告業者、商業用地の所有者などに分けられる。これが強く示しているのは、米国の卸売業者と販売業者が獲得した付加価値の大部分、ほぼ全てが、実際には米国ではなくバングラデシュで作り出されたということだ。

 GDPは、国家経済内の全ての企業の付加価値の合計にすぎない。税と、税によって賄われる政府のサービスは、その価値が支払った税額にちょうど等しいと仮定することで算定される。したがって、GDPは税引き前の企業の収入を合計することで計算できる。

 つまり重要なのは、いわゆる「付加価値」の本質だ。個別の企業については、生産物の金銭的価値から材料費を差し引くことで得られる。この点で、主流経済理論と標準的会計手続きは、重要で完全に恣意的な仮定を置いている。企業の付加価値は、その企業内部の生産工程によって作り出された新たな価値に等しいが、どこか他所で作られた価値をその企業が取得しても、それは一切含まないという仮定だ。市場では価値の所有権が循環するが、新たに作り出されることはない。商品の生産で作り出された価値と、その対価として受け取った価格の一体化こそが、あらゆる形の支配的な経済原則の基礎となっている。その一方、生産で作り出された価値と市場で獲得した価値は全く異なる二つの量であって、互いの関係はそもそも必然的なものではないという認識は、マルクス主義の価値理論の出発点だ。その意味の一つは、広告、警備、銀行のような活動は、いかなる価値も生み出さない間接費(諸経費)であって、一種の社会的消費だということだ。ここで消費される価値を作り出している経済生産セクターは、ほとんどがバングラデシュのような低賃金国に移転してしまった。

 これがつまり、私がGDP幻想と呼ぶもので、貧困国の低賃金労働者が作り出した価値が、富裕国の国内で作り出されたように見えるのだ。このように、帝国主義国と低賃金国の寄生的で搾取的な関係を覆い隠しているのは、客観的だとされる生の経済データだ。マルクス主義など急進的体制批判者のような、物事をよく知っているはずの人々でさえ、多くはデータの客観性を信じている。

「国際労働仲介*」を何と定義なさいますか?

 この用語は2000年代初頭にモルガン・スタンレー銀行の上級経済学者ステファン・ローチが一般に広めた。彼は国際労働仲介を「わが国の高賃金労働者を同等の質をもった外国の低賃金労働者で」置き換えることだと説明し、「発展途上国の比較的低賃金の労働者から製品を生み出すことが、先進国の企業にとってますます緊急の生き残り戦術になった」と書き加えた。だがこれは現象を表面的に記述したに過ぎず、ローチが同意する主流理論では的確に説明できない。国際労働仲介の私の定義を示す前に、まず主流経済理論の観点からその意味を説明する必要がある。それが単に意味するのは、人件費が最低となる場所に生産を移動することだ。「人件費」は賃金だけのことではない。資本家の観点からは、労務費(つまり賃金)と同様に重要なのは、この労働が作り出す物品やサービスの金銭的価値だ。つまり単位人件費で、これは1単位の生産物を作り出すのに必要な労働力の費用と定義される。主流理論によると、効率的で制限のない市場では、労働者の賃金は「限界生産力」つまり総生産高への貢献度に一致し、ここから二つの重要な結果が導かれる。第一に、労働者は搾取されない。労働者が受け取る賃金は彼らの貢献度とちょうど等しくなる。第二に、自由市場は単位人件費を産業や国の区別なく均等化する。ある労働者の賃金が高いなら、その人の生産性がより高いということを意味する。

 したがって、現実世界で、もしある国の(単位)人件費が他国より実際に低いなら、その国の労働者が受け取る賃金が限界生産力よりも低いことを意味する。つまり、主流経済理論による説明でさえ、彼らは搾取されているのだ。また第二に、それが意味するのは、労働市場の機能を妨げ賃金を押し下げている外部経済要因があるということだ。これはつまり、労働者が国境を越えて自由に移動することへの制限だ。主流経済理論では、「仲介(アービトラージ)」とは、市場の不完全性によって同じ商品でも一つの場所と別の場所とでは異なる価格で売れることを利用して、利ざやを稼ぐことを意味する。生きた労働者を売る商人が目にするのと同じような規模で、不完全性の悪影響を受けている市場は他にない。これが企業にとっては、労働者を犠牲にして利益を上げる巨大なチャンスを作り出している。

 このどこにも主流経済学者が異議を唱える余地はないが、普通はいわゆる広報上の理由によりこの問題を曖昧にするので、ステファン・ローチがあれほど分かりやすく語ったのは評価できることだ。だが主流経済学の説明はいくつかの理由で不十分だ。第一に、労働は賃金と引き替えられるものだけではない。無給労働こそ資本家の利潤全ての源泉だ。これが広告、警備、金融などのような社会資産に寄与しない経済活動の支払いにも充てられる。つまり、生きた労働者の搾取は資本主義に必須のものであり、市場の不完全性によるものではない。第二に、労働者の自由な移動を抑制することを、偶然の外発的要因と見なすことはできない。むしろ、これが現代のグローバル資本主義の一部として内在すると認識する概念が私たちには必要だ。同様のことが、帝国主義国の資本家は絶滅したくなければ生産を低賃金国に移行せよと義務づけた、ステファン・ローチの衝動にも当てはまる。

 いわゆる国際労働仲介の私の定義は、したがって、世界を一握りの抑圧国家と(レーニンが「帝国主義の本質」と呼ぶ)大多数の抑圧された国家に分断したことが、現在の資本と労働の関係に内在する性質となり、世界の労働力が人種と国籍で階層化された形で現れていることだ。また、これが可能にした超搾取は、利益率低下の傾向に歯止めを掛けた中心的要因で、これが社会全体の危機が噴出するのを21世紀初頭の10年まで先延ばしにしてきたということだ。

現在行われている帝国主義と集団移動の関係はどのようなものですか?

 非植民地化によって、抑圧された国家の中産階級は解放され、分け前にありつける場所が与えられた。これに対して抑圧された国家の労働者は、激しい闘争を通じて非植民地化を勝ち取ったにもかかわらず、未だに解放の日が来るのを待ち望んでいる。世界を一握りの抑圧国家と大多数の抑圧された国家に分断したことが、現在の世界の労働者階級が人種と国籍による階層社会を構成するという形で現れている。この分断の維持こそが、資本主義が生き残っていくために絶対的に重要な政治的・経済的役割を担っている。特に帝国主義国と低賃金国の間での、国境を越えた労働者の自由な移動に対する暴力的な抑圧は、広い国際的賃金格差を作り出し持続している主要な要因だ。そしてこれらが押し進めている2つの移動、つまり生産工程の低賃金国への移動と、低賃金労働者の帝国主義国への移動は、同じコインの両面なのだ。

性差別は資本主義労働力にどのように組み込まれていますか?

 二重に抑圧された層から超利潤を吸い上げ、全ての労働者の賃金を押さえつけるために、資本家は労働者の間に存在するあらゆる形の分断と不統一を利用する。低賃金労働者の飢餓が世界的な生産の移転を突き動かす主な原動力なので、これがその国で最も低賃金の労働者、つまり女性(と子ども)を優先することに現れているとしても、驚くには当たらない。そしてバングラデシュが示すように、家父長的文化がこれまで女性を家庭以外の生活と労働から排除してきた国にも、このことは同様に当てはまる。賃金労働者と稼ぎ手の地位を若い女性に与え、大人数を工場に集めることで、彼女らの社会的地位と自己像が変わる傾向がある。それが極限に達するのは、警棒を振りかざす警官や会社が雇ったならず者と路上での乱闘になるときだ。強欲の破壊的な結果を和らげるため、資本主義政治家は反啓蒙主義で家父長的なイデオロギーの広報宣伝に努め、この二重に抑圧された労働者階級の層に好戦的な階級意識が育つのを阻止することを狙う。これは、世界の他の地域で性差別主義のセレブリティー文化や化粧品とファッション産業の広報宣伝が果たすのと同様の機能を担っている。

 より一般的には、男性と女性の資産格差は収入格差よりもずっと大きく、何百年、何千年もの家父長的階級社会が積み重ねた結果を反映している。家父長制度は、帝国主義のように資本主義以前から存在し、資本主義成立の条件となった。フリードリヒ・エンゲルスは『家族・私有財産・国家の起源』で、女性の抑圧は原始共産主義から階級社会への移行期に始まったと説明した。体力と攻撃性で優越する男性のある階層が、社会的余剰を奪い取り、自分たち以外の社会を犠牲にして生きるようになった。蓄積した資産を男系に沿って次の世代に受け渡すために、女性の生殖能力を掌握し、エンゲルスが言う「女性の世界史的敗北」が起きた。これが暗示しているのは、女性の抑圧を根絶するためには、階級分断廃絶への扉を開く社会革命こそが必要で、利潤と私有資産の蓄積ではなく、人間と子どもたちを中心に置いた社会の建設によってのみ達成できるということだ。

(本文終わり)

ジョン・スミス
 ジョン・スミスは英国シェフィールド大学から2010年に博士号を受け、現在は研究者・著述家として活動し、ロンドンのキングストン大学で国際政治経済学を教えている。これまで彼は、石油掘削作業者、バス運転手、通信技術者として働いた。また、長年にわたり反戦とラテンアメリカ連帯運動の活動家でもある。

*訳者注:グローバル・レイバー・アービトラージ(global labor arbitrage)をここでは「国際労働仲介」と訳した。アービトラージは経済学用語で「裁定取引」とも訳されるが、第三者が判断を下すという裁定の意味は無いので、一般的な「仲介」の訳語を用いた。

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