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Friday, April 14, 2017

お知らせ  - Upcoming Events in Taiwan and Okinawa

東京、沖縄、台湾訪問の旅の最中です。

「沖縄タイムス」に4月12、13日に掲載された記事リンクを記します。

【新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(上)】辺野古基地 撤回を先に 知事選以降 民意揺るがず

【新垣論考を読んで-承認撤回と県民投票(下)】知事「決断」のみ国縛る 「回避」基地阻止と逆行

また、4月18日(火)台湾で、22日(土)、23日(日)沖縄での催しのポスター・告知を下に貼り付けます。



Wednesday, April 05, 2017

『週刊金曜日』3月31日号より: 軍と性暴力を考える From March 31 edition of Shukan Kinyobi: Military and Sexual Violence

このブログでも沖縄紙への一連の寄稿を紹介してきた、宮古島市議石嶺香織氏のFB発言をめぐる論争に喚起された「軍と性暴力」の問題について、『週刊金曜日』3月31日号から黒島美奈子氏、このブログ運営人の乗松聡子の記事、宮古島市議会での一連の経緯をつづる渡瀬夏彦氏の記事を転載許可を得て紹介します。同号でもう一つ、週刊金曜日編集部による記事がありますが、それは以下、同誌のHPで公開されています。

南西諸島の自衛隊配備問題、性暴力への懸念表明した
沖縄の宮古島市議に脅迫的な攻撃も
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=6746

注:これらの記事は転載許可を得た上で転載しているものです。この記事画像を他のサイトやSNSへの転載はしないでください。拡散はこのブログ投稿のリンクを使ってしてください。




Monday, March 27, 2017

翁長知事が予定する埋立承認「撤回」で止まる工事を止めたままにさせるために

翁長知事が3月25日に埋立承認「撤回」をする予定であるとの表明をしたことに注目する。

ここで、元裁判官の仲宗根勇氏がずっと訴えてきていることを強調したい。

埋立承認「撤回」と同時に、政府に行政不服審査法を乱用しての一時停止の申し立てをさせないための「執行停止の差し止めの訴え」と「仮の差し止め」を同時に提訴すれば、行政行為の公定力によって撤回の効力が持続し、工事は止まる。

翁長知事による、2015年10月の「埋立承認取消」の際も、「取消」を行う前に仲宗根氏ら法律の専門家は「執行停止の差し止めの訴え」と「仮の差し止め」を提言していたにもかかわらず翁長知事はそれらをしなかったために政府からすぐに「執行停止」をされてしまい工事を許した。それを繰り返さぬためにも、「撤回」と同時に上記の手続きを行う必要がある。

参照 仲宗根勇氏のフェースブック
https://www.facebook.com/isamu.nakasone.77/posts/1860245470890978?pnref=story
平安名純代氏のフェースブック
https://www.facebook.com/sumiyo.heianna/posts/1103304283107113

参考記事:
仲宗根勇: 沖縄差別の源流と「和解」をめぐる疑惑・今後の闘い

辺野古埋め立て「違法確認訴訟」最高裁で県が敗訴しても知事は判決を理由に埋立承認取消を取り消すことはできません/させてはいけません―元裁判官仲宗根勇氏との問答

緊急シンポジウム「沖縄はどうすべきか」 報告

沖縄タイムス【辺野古 ただちに埋立承認撤回を】
(上)http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87606
(下)http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87608

Friday, March 24, 2017

グローバル化とは金融植民地主義を指す現代用語にすぎない(ジョン・スミスとの対談) Globalization Is Just a Contemporary Word for Financial Colonialism

 2013年4月24日に、バングラデシュの首都ダッカ近郊にあった縫製工場の雑居ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、1100人以上が亡くなった。この工場に製品を発注していたのは、いくつもの先進国の服飾販売会社だった。
 貿易の自由化で関税が撤廃され、先進国の製造業は安い労働力を求めて次々と海外に工場を移転させてきた。服飾産業はこの典型で、世界最低賃金の労働力を目指し、多くの企業がバングラデシュを製品製造国に選び、その中でも賃金の安い女性が多く働くことになった。
 バングラデシュでの製造が安上がりなのは、その賃金だけでなく労働安全や環境保護にほとんどコストを掛けずに済むからでもある。その結果起きたのが、ラナ・プラザの崩壊だった。
 カナダCBC制作のドキュメンタリー『メイド・イン・バングラデシュ』(2013年)は、あるインド系服飾デザイナーの目を通して、この事件につながる先進国ブランドと、バングラデシュ服飾工場労働者の実態を描き出す。
 なぜこのようなことが起きるのか。『21世紀の帝国主義:グローバル化、超搾取、資本主義の最終危機』を2016年に出版した異色の経済学者、ジョン・スミスは、ラナ・プラザの崩壊を手がかりに、超資本主義が内包する差別と搾取の構造を解き明かす。労働者の国境を越えた動きを制限することで生まれる階級分断と賃金格差を利用して、途上国ばかりではなく先進国の労働者の生活をも切り下げているにもかかわらず、主流経済学が振りまくGDP幻想がこの仕組み全体を見えなくしていると指摘する。
 トランプ大統領は、アメリカ人の暮らしを悪化させたのは移民のせいだとして、不法移民を排除する壁を建設すると主張しているが、先進国に移民が押し寄せることと、工場が途上国へ移転することは、じつは資本主義が作り出した一体の現象なのだ。このシステムが、第二次大戦後に植民地が名目上の独立を果たした後の「新植民地時代」を支え、先進国に富を吸い上げてきたのだが、21世紀に入って搾取のレベルが極限まで達し、資本主義は危機に陥っている。
 ラナ・プラザの崩壊は他人事ではない。私たちが買う物を通してこの暴力に加担していると同時に、ここに至ったのと同じ構造が縮図のように日本の中にもあるからだ。企業の採用を減らして狭き門にする一方で、お抱えの人材派遣会社による二重基準の雇用。一度退職したら異常に高い再就職への壁。これらが、労働の自由市場を機能不全にし、正社員と非正規労働者の階級分断を作り出している。
 全世界の労働者を搾取している階級分断をなくすためには、生産手段を資本家から労働者の手に取り戻すことが必要だとジョン・スミスは説く。労働者は資本家の言うなりに雇用されることから脱却して自由になる必要がある。これを不可能なことだと思い込ませているのは、資本主義が作り上げた広報宣伝、つまり刷り込みではないかと疑ってみる価値がある。

 今回、翻訳して紹介するのは、ジョン・スミスがトゥルスアウト誌のマーク・カーリンの質問に答えた対談記事ですが、先にドキュメンタリー映像『メイド・イン・バングラデシュ』(日本語字幕付)をご覧いただくと、理解が深まるのではないかと思います。

(前文・翻訳・字幕:酒井泰幸)



ドキュメンタリー『メイド・イン・バングラデシュ』(カナダCBC制作、43分)


 私たちの服にはバングラデシュ製のラベルが付いたものがたくさんある。 しかし 2013年4月にバングラデシュの縫製工場が崩壊し多くの死者を出すまで、私たちの多くはそれを作る人々のことを考えていなかった。ラナ・プラザの瓦礫の中からカナダ向けの衣服が見つかると、カナダ企業は「どうしてこんなことになったのだ?」という驚きで反応した。
 番組「フィフス・エステート」のマーク・ケリーはバングラデシュに行き、カナダ向けの服を今も危険な労働条件で作らされているという労働者たちを追った。ケリーは刑務所に収監されたラナ・プラザで最大規模の工場の所有者に独占インタビューを行い、彼の何百万ドルものビジネスが長期にわたってカナダと繋がっていたことが明かされる。
 『メイド・イン・バングラデシュ』は 2014年の国際エミー賞・時事問題部門賞を受賞した 。(初回放送:2013年10月11日)


(Apple iOSデバイスでは字幕表示できません。)


グローバル化とは金融植民地主義を指す現代用語にすぎない(ジョン・スミスとの対談)

原文:Globalization Is Just a Contemporary Word for Financial Colonialism

2017年3月12日、聞き手:マーク・カーリン(トゥルスアウト誌)

 バングラデシュのダッカ近郊で2013年に複数の縫製工場が入っていたラナ・プラザ服飾工場の建物が崩壊し1100人以上が死亡した。服飾産業史上最悪の惨事への関与が疑われる41人を、バングラデシュ警察は2015年6月1日、殺人容疑で正式に起訴した。
 現在の帝国主義と植民地主義はどのような姿をしているのだろうか? ジョン・スミスの著書『21世紀の帝国主義:グローバル化、超搾取、資本主義の最終危機』によると、中核にいる資本主義諸国は、軍事力や他国の直接政治支配にはもう依存していない。それどころか、特に南半球で金融支配を維持し、労働者を搾取して自らの利潤を拡大している。
 「持てる」国家は、先進国労働者の悲痛なほどの低賃金という犠牲の上に、自国企業の利潤を増大させる。これを先進国はグローバル化と呼ぶのだと、ジョン・スミスは自著『21世紀の帝国主義』で主張している。スミスはトゥルスアウト誌との対談で、グローバル化とは新植民地主義の別名に過ぎないという自身の主張を論じる。

マーク・カーリン:この本が2013年に起きたラナ・プラザの崩壊事件から始まるのはなぜですか? 搾取されたバングラデシュの服飾労働者が千人以上も命を落としましたね?

ジョン・スミス:理由は3つある。第一に、ラナ・プラザの惨事は、偶然の事故ではなく凶悪な犯罪だが、世界中で何億人もの人々に共感と連帯[訳註:solidarity 義務や拘束でなく、自発的に二人以上が力を出し合って協力する、積極的な連帯]を呼び起こし、私たちのTシャツやズボン、下着を作る女性や男性たちと、私たち全員がどれほど密接に繫がっているかを思い起こさせてくれた。低賃金国の何億人もの労働者が堪え忍んでいる、危険で搾取的で抑圧的な状況を典型的に示していた。彼らの労働が、帝国主義国の企業に原材料と中間資材のほとんどを供給し、そこで働く私たちに消費財の多くを供給している。私はこの本の最初で、この大勢の低賃金労働者を読者のいる部屋に連れてきて、私たちの相互依存の事実に読者を向き合わせたかったのだ。また、賃金や生活環境、人生のチャンスに大きな格差があるのに、私たちが往々にして見て見ぬ振りをしているという事実にも向き合って欲しかったのだ。

 これが二番目の理由につながる。現代の最も偉大な革命家、フィデル・カストロは、キューバが示す比類のない国際的連帯のことを、人類全体に借りを返しているのだと説明した。帝国主義国に住む私たちは、我が国の政府と多国籍企業が今でも荒らし続けている国々にいる私たちの兄弟姉妹に、連帯に関して多額の借りがあるのだ! この借りを私たちが認め、返済を始めるまでは、いかなる社会主義や進歩の話もできない! 社会主義の本当の意味を、私たちは再定義し、むしろ再発見しなければならない。それは資本主義と共産主義の間にある社会の移行段階だ。そこでは、働く人々の平等と結束を破るような、あらゆる形態の抑圧や差別が、進歩的に意識的に克服される。議論の余地なく明らかなのは、この平等への最大の侵害と、私たちの結束への最大の障害物は、世界を一握りの抑圧国家とその他の国々に分断することから生じていること、また帝国主義国家で働く人々は、このズタズタに分断された状態を治すために、政治権力を奪取し生産手段の支配権を奪う必要があるということだ。これが、私が『21世紀の帝国主義』をラナ・プラザの惨事から始めようと決めた理由だ。

 最後に、ラナ・プラザとバングラデシュの服飾産業は極めて有益なケーススタディーで、他の低賃金製造輸出国家とも共通する特徴の良い例となる。この中には、極度な低賃金の重要性、雇用主が女性労働者を優先することや、帝国主義国に本社を置く企業が、外国直接投資とは異なり、低賃金仕入先との関係にますます距離を置くようになっていることなどがある。さらに、バングラデシュ服飾産業を分析することで、主流経済学では解決できず、マルクス主義経済学者はほとんど手を着けようとしないような、一連の疑問と逆説が浮かび上がる。その中で最も重要なのは、生産性を賃金が反映するという主流経済学の原則で、もしバングラデシュの賃金がそれほど低いなら、同国の労働者の生産性はそれ相応に低いことを意味するのだが、彼らがこれほど猛烈に長時間働いているのに、どうしてそんなことが言えるのだろうか? もう一つ、生産が世界的に低賃金国にシフトしていることと、まだ初期段階にある世界的経済危機との間には、どのような関係があるのだろうか? この疑問は、主流経済学と多くのマルクス主義経済学による経済危機の説明から抜け落ちていて、私の意見では完全に冗長な説明になっている。したがってラナ・プラザ惨事とバングラデシュ服飾産業の研究からは、続く各章のテーマとなる一連の問題と逆説が生まれ、以降の本書の内容を整理する役割を果たしている。

世界的に先進国が主張する超資本主義(uber-capitalism)は、直接政治権力で植民地国家を支配する必要性を、どのように過去のものにしたのでしょうか?

 超資本主義は価値法則至上主義[価格が全て]を意味し、現在これが全ての局面で支配している。言い換えれば、市場(特に資本市場と、市場を通して社会的権力を振るう資本家)が、かつてないほどに世界を支配している。だからといって、世界はこれだけでできているという意味ではない。資本主義以前の共同社会と自給自足経済は、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの一部に今も残っている。また、帝国主義の民主主義国において福祉国家という形で現れるポスト資本主義の経済関係もある。(これらの国々で労働者が勝ち取った大きな権利は、大部分が低賃金国での超搾取から得た収益で賄われている。)キューバでのポスト資本主義の経済関係は労働者の革命権力に守られ、中国の社会主義革命の名残は資本主義へ移行中であるにもかかわらず覆されずに残っている。しかし、地球の南側で抑圧された国家に資本主義的社会関係の支配が拡がるにつれ、また旧社会主義国の資本主義への回帰が加速するにつれ、残っている非資本主義の砦(とりで)は縮小し、現在は蔓延する「市場原理」(つまり資本主義権力の婉曲語)に対抗しながら存在している。

 資本の社会的権力は、いわゆる法の支配を通して執行され、私有財産の不可侵性を称賛し、人命の尊厳を否定する。これに対し、たとえば債務不履行や資産没収によって、資本家の財産を保護する法律に楯突こうとする者には、最も厳しい経済的懲罰が科され、それでも不十分なら、政権転覆、テロリズム、軍事侵略で脅されることになる。昔の植民地主義から現在の新植民地主義への移行は、奴隷制から賃金奴隷制への移行に似ており、資本主義以前の古めかしい支配と搾取の形態の大部分を資本主義が捨て去った一方で、支配に対して革命を起こされた場合に用いる軍事力の独占には細心の注意を払っているということを意味するに過ぎない。

「GDP幻想」とは何ですか?

 GDP(国内総生産)は、国家経済の内部で販売するために生産された全ての物品とサービスの金銭的価値の尺度だ。これは、除外しているものについて批判されることが多い。販売するために生産されない物品とサービスは含まれず、たとえば家庭内労働によって生産されるものや、国家によって無償で提供されるものなどだ。また、たとえば環境汚染や労働者の健康被害などのように、民間企業の会計には現れない社会的コストや環境コスト、いわゆる「外部不経済」も除外される。しかし、私の知る限り、GDPが含んでいるものについて批判されたことはない。この問題を説明するには、バングラデシュで作られ米国で消費されるTシャツの利幅をよく見ることだ。単純化のために輸送費と生産に使われる原材料費を無視すれば、販売価格20ドルのうち19ドルまでが、商品が消費される米国のGDPに現れるが、バングラデシュのGDPはたった1ドルしか拡大せず、その内訳は、工場所有者の利潤と、国家が徴収した税、Tシャツを実際に作った労働者に支払われる2〜3セントの賃金だ。この19ドルの利幅は、卸売業者と販売業者の「付加価値」と、この二者にサービスを提供する広告業者、商業用地の所有者などに分けられる。これが強く示しているのは、米国の卸売業者と販売業者が獲得した付加価値の大部分、ほぼ全てが、実際には米国ではなくバングラデシュで作り出されたということだ。

 GDPは、国家経済内の全ての企業の付加価値の合計にすぎない。税と、税によって賄われる政府のサービスは、その価値が支払った税額にちょうど等しいと仮定することで算定される。したがって、GDPは税引き前の企業の収入を合計することで計算できる。

 つまり重要なのは、いわゆる「付加価値」の本質だ。個別の企業については、生産物の金銭的価値から材料費を差し引くことで得られる。この点で、主流経済理論と標準的会計手続きは、重要で完全に恣意的な仮定を置いている。企業の付加価値は、その企業内部の生産工程によって作り出された新たな価値に等しいが、どこか他所で作られた価値をその企業が取得しても、それは一切含まないという仮定だ。市場では価値の所有権が循環するが、新たに作り出されることはない。商品の生産で作り出された価値と、その対価として受け取った価格の一体化こそが、あらゆる形の支配的な経済原則の基礎となっている。その一方、生産で作り出された価値と市場で獲得した価値は全く異なる二つの量であって、互いの関係はそもそも必然的なものではないという認識は、マルクス主義の価値理論の出発点だ。その意味の一つは、広告、警備、銀行のような活動は、いかなる価値も生み出さない間接費(諸経費)であって、一種の社会的消費だということだ。ここで消費される価値を作り出している経済生産セクターは、ほとんどがバングラデシュのような低賃金国に移転してしまった。

 これがつまり、私がGDP幻想と呼ぶもので、貧困国の低賃金労働者が作り出した価値が、富裕国の国内で作り出されたように見えるのだ。このように、帝国主義国と低賃金国の寄生的で搾取的な関係を覆い隠しているのは、客観的だとされる生の経済データだ。マルクス主義など急進的体制批判者のような、物事をよく知っているはずの人々でさえ、多くはデータの客観性を信じている。

「国際労働仲介*」を何と定義なさいますか?

 この用語は2000年代初頭にモルガン・スタンレー銀行の上級経済学者ステファン・ローチが一般に広めた。彼は国際労働仲介を「わが国の高賃金労働者を同等の質をもった外国の低賃金労働者で」置き換えることだと説明し、「発展途上国の比較的低賃金の労働者から製品を生み出すことが、先進国の企業にとってますます緊急の生き残り戦術になった」と書き加えた。だがこれは現象を表面的に記述したに過ぎず、ローチが同意する主流理論では的確に説明できない。国際労働仲介の私の定義を示す前に、まず主流経済理論の観点からその意味を説明する必要がある。それが単に意味するのは、人件費が最低となる場所に生産を移動することだ。「人件費」は賃金だけのことではない。資本家の観点からは、労務費(つまり賃金)と同様に重要なのは、この労働が作り出す物品やサービスの金銭的価値だ。つまり単位人件費で、これは1単位の生産物を作り出すのに必要な労働力の費用と定義される。主流理論によると、効率的で制限のない市場では、労働者の賃金は「限界生産力」つまり総生産高への貢献度に一致し、ここから二つの重要な結果が導かれる。第一に、労働者は搾取されない。労働者が受け取る賃金は彼らの貢献度とちょうど等しくなる。第二に、自由市場は単位人件費を産業や国の区別なく均等化する。ある労働者の賃金が高いなら、その人の生産性がより高いということを意味する。

 したがって、現実世界で、もしある国の(単位)人件費が他国より実際に低いなら、その国の労働者が受け取る賃金が限界生産力よりも低いことを意味する。つまり、主流経済理論による説明でさえ、彼らは搾取されているのだ。また第二に、それが意味するのは、労働市場の機能を妨げ賃金を押し下げている外部経済要因があるということだ。これはつまり、労働者が国境を越えて自由に移動することへの制限だ。主流経済理論では、「仲介(アービトラージ)」とは、市場の不完全性によって同じ商品でも一つの場所と別の場所とでは異なる価格で売れることを利用して、利ざやを稼ぐことを意味する。生きた労働者を売る商人が目にするのと同じような規模で、不完全性の悪影響を受けている市場は他にない。これが企業にとっては、労働者を犠牲にして利益を上げる巨大なチャンスを作り出している。

 このどこにも主流経済学者が異議を唱える余地はないが、普通はいわゆる広報上の理由によりこの問題を曖昧にするので、ステファン・ローチがあれほど分かりやすく語ったのは評価できることだ。だが主流経済学の説明はいくつかの理由で不十分だ。第一に、労働は賃金と引き替えられるものだけではない。無給労働こそ資本家の利潤全ての源泉だ。これが広告、警備、金融などのような社会資産に寄与しない経済活動の支払いにも充てられる。つまり、生きた労働者の搾取は資本主義に必須のものであり、市場の不完全性によるものではない。第二に、労働者の自由な移動を抑制することを、偶然の外発的要因と見なすことはできない。むしろ、これが現代のグローバル資本主義の一部として内在すると認識する概念が私たちには必要だ。同様のことが、帝国主義国の資本家は絶滅したくなければ生産を低賃金国に移行せよと義務づけた、ステファン・ローチの衝動にも当てはまる。

 いわゆる国際労働仲介の私の定義は、したがって、世界を一握りの抑圧国家と(レーニンが「帝国主義の本質」と呼ぶ)大多数の抑圧された国家に分断したことが、現在の資本と労働の関係に内在する性質となり、世界の労働力が人種と国籍で階層化された形で現れていることだ。また、これが可能にした超搾取は、利益率低下の傾向に歯止めを掛けた中心的要因で、これが社会全体の危機が噴出するのを21世紀初頭の10年まで先延ばしにしてきたということだ。

現在行われている帝国主義と集団移動の関係はどのようなものですか?

 非植民地化によって、抑圧された国家の中産階級は解放され、分け前にありつける場所が与えられた。これに対して抑圧された国家の労働者は、激しい闘争を通じて非植民地化を勝ち取ったにもかかわらず、未だに解放の日が来るのを待ち望んでいる。世界を一握りの抑圧国家と大多数の抑圧された国家に分断したことが、現在の世界の労働者階級が人種と国籍による階層社会を構成するという形で現れている。この分断の維持こそが、資本主義が生き残っていくために絶対的に重要な政治的・経済的役割を担っている。特に帝国主義国と低賃金国の間での、国境を越えた労働者の自由な移動に対する暴力的な抑圧は、広い国際的賃金格差を作り出し持続している主要な要因だ。そしてこれらが押し進めている2つの移動、つまり生産工程の低賃金国への移動と、低賃金労働者の帝国主義国への移動は、同じコインの両面なのだ。

性差別は資本主義労働力にどのように組み込まれていますか?

 二重に抑圧された層から超利潤を吸い上げ、全ての労働者の賃金を押さえつけるために、資本家は労働者の間に存在するあらゆる形の分断と不統一を利用する。低賃金労働者の飢餓が世界的な生産の移転を突き動かす主な原動力なので、これがその国で最も低賃金の労働者、つまり女性(と子ども)を優先することに現れているとしても、驚くには当たらない。そしてバングラデシュが示すように、家父長的文化がこれまで女性を家庭以外の生活と労働から排除してきた国にも、このことは同様に当てはまる。賃金労働者と稼ぎ手の地位を若い女性に与え、大人数を工場に集めることで、彼女らの社会的地位と自己像が変わる傾向がある。それが極限に達するのは、警棒を振りかざす警官や会社が雇ったならず者と路上での乱闘になるときだ。強欲の破壊的な結果を和らげるため、資本主義政治家は反啓蒙主義で家父長的なイデオロギーの広報宣伝に努め、この二重に抑圧された労働者階級の層に好戦的な階級意識が育つのを阻止することを狙う。これは、世界の他の地域で性差別主義のセレブリティー文化や化粧品とファッション産業の広報宣伝が果たすのと同様の機能を担っている。

 より一般的には、男性と女性の資産格差は収入格差よりもずっと大きく、何百年、何千年もの家父長的階級社会が積み重ねた結果を反映している。家父長制度は、帝国主義のように資本主義以前から存在し、資本主義成立の条件となった。フリードリヒ・エンゲルスは『家族・私有財産・国家の起源』で、女性の抑圧は原始共産主義から階級社会への移行期に始まったと説明した。体力と攻撃性で優越する男性のある階層が、社会的余剰を奪い取り、自分たち以外の社会を犠牲にして生きるようになった。蓄積した資産を男系に沿って次の世代に受け渡すために、女性の生殖能力を掌握し、エンゲルスが言う「女性の世界史的敗北」が起きた。これが暗示しているのは、女性の抑圧を根絶するためには、階級分断廃絶への扉を開く社会革命こそが必要で、利潤と私有資産の蓄積ではなく、人間と子どもたちを中心に置いた社会の建設によってのみ達成できるということだ。

(本文終わり)

ジョン・スミス
 ジョン・スミスは英国シェフィールド大学から2010年に博士号を受け、現在は研究者・著述家として活動し、ロンドンのキングストン大学で国際政治経済学を教えている。これまで彼は、石油掘削作業者、バス運転手、通信技術者として働いた。また、長年にわたり反戦とラテンアメリカ連帯運動の活動家でもある。

*訳者注:グローバル・レイバー・アービトラージ(global labor arbitrage)をここでは「国際労働仲介」と訳した。アービトラージは経済学用語で「裁定取引」とも訳されるが、第三者が判断を下すという裁定の意味は無いので、一般的な「仲介」の訳語を用いた。

・翻訳はアップ後、修正することがあります。


Tuesday, March 21, 2017

宮古島女性市議への「いじめ」をやめさせ、市議を続けるよう応援します。Bullying against a Miyakojima City Assembly member must be stopped

今、離島の宮古島で起こっていることを知らせたく思います。

宮古島の石嶺香織市議は宮古島への陸自ミサイル部隊配備に反対する市民の民意を代表して、今年1月の補欠選で市議に当選しました。宮古島市では26人の市議会のうち、現在唯一の女性市議です。3月9日、カリフォルニアの海兵隊基地での陸上自衛隊が米国とのが「離島奪還」を想定した合同訓練で実弾射撃訓練をしているのを見て、フェースブックで、陸自が宮古に来たら「婦女暴行が絶対起こる」と書き込みました。それにたいし「炎上」が起こり、石嶺氏が謝罪と撤回を行った後も議会事務局に「辞めさせろ」といったメールや電話が多数来て業務に支障をきたしているとのこと。そして、20人の市議が3月21日辞職勧告決議を出し可決されるという異常事態になっています。(追記:下方、3月21日の石嶺市議による勧告拒否のスピーチを見てください)

私が3月16日「琉球新報」の「論壇」に出した記事を御覧ください。

ここで述べている通り、石嶺氏がいだいた恐怖は、陸自実戦部隊が来るかもしれない離島の一人の母親としての恐怖感が強く出たものでありますが、その恐怖自体は、自衛官による性暴力の頻発に照らし合わせれば根拠のないものではありません。強い表現で気を害した人たちのことを考え謝罪・撤回したのにさらなる攻撃が続き、辞職の重圧までかかるとはあまりにもアンフェアです。これは、自衛隊配備に反対する女性新人市議に対する「いじめ」だと思います。

これは「ニュース女子」問題など、一連の「沖縄ヘイト」の流れの中で捉えられる事件でもあります。石嶺議員のもとには、また宮古島市には、彼女に対する口にはできないような脅迫、誹謗中傷が多数届いています。福岡県行橋市の右翼市議が石嶺氏への制裁的な行動を、全国の右翼議員やネトウヨに対して扇動しています。ほかにも「炎上」を煽っている者たちがいます。

じゅうぶんに報道されていないことだと思いますので、ここでみなさんに支援をお願いする次第です。石嶺氏の支援者は、こう訴えています。
宮古島議員辞職勧告は議会事務局へ多くの「石嶺議員を辞めさせろ」という抗議の電話や約130通のメールが届き、業務が停滞したことから始まっています。電話は業務に支障をきたしますが、メールはプリントアウトされファイルされます。侮辱や汚い言葉では無く、「このようなことで市議が辞めさせられてはならない」と、丁寧な言葉で抗議のメールを全国から送って下さい。
https://www.city.miyakojima.lg.jp/inquiry/request.html
どうかみなさんからも上記のメールフォームを使って、宮古島市に対して、石嶺さんがこのような圧力で辞めさせられてはいけないというメールを早急に送ってください。

参考までに私が送ったメールはこれです:
宮古島市議の石嶺香織氏がFBで問題発言をしたということで誹謗中傷のメールや電話が議会事務局に殺到しているときいています。この人権侵害行為に対し、石嶺氏を守るのではなく市議会議員20人が辞職勧告決議案を出すというのは人権擁護とは反対方向の「いじめ」に近い行為です。「琉球新報」3月16日8面の「論壇」に私の投稿が載りました。ご覧ください。実際に自衛隊による性暴行が全国で頻発する中、石嶺氏の恐怖感は理解できるものであり、その表現の仕方が強すぎたことについて謝罪・撤回しているのだからこれ以上批判するのは行き過ぎであるという要旨で書きました。これについてはその通りだというコメントが多数来ており反論はひとつも来ていません。琉球新報編集部も、報道で伝えきれなかった側面をしっかり書いていると評価しています。市議会も、市議会事務局も、石嶺氏へのいじめ、言葉による暴力行為に対して人権の観点から毅然と対応してください。一議員がネット右翼による誹謗中傷で身の危険や議員としての立場に危機が及ぶようなことになったら、これは宮古島だけの問題ではなく、ネット右翼が騒げば民主主義は壊すことができてしまうという重大な禍根を残す一例となります。市議会と議会事務局が、石嶺氏を誹謗中傷脅迫から守り毅然とした対応をされることを期待します。

追記:3月21日、20人の宮古島市議による辞職勧告は賛成多数により決議されましたが石嶺市議は以下のように堂々たる「拒否宣言」をしました。
私の3月9日と10日のFacebookの投稿文に関して、私はすでに3月12日に謝罪文を出しています。これは私の個人的なFacebook上での発言ですので、Facebookで謝罪し、マスコミにも謝罪文を出しました。以下の文章です。 
「3月9日の私のFacebookへの投稿の文章は、事実に基づかない表現でした。お詫びして撤回いたします。申し訳ありませんでした。
今南西諸島には離島奪回作戦を想定した陸上自衛隊の配備が計画されています。
陸上自衛隊の水陸機動団は海兵隊から訓練を受けています。
また、沖縄本島では米軍による事件事故が多発しています。
米軍による事件事故が多発していることへの強い不安と、陸上自衛隊が海兵隊の訓練を受けていることを結びつけ、不適切な表現をしてしまいました。
私の不適切な発言により、ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。
2017年3月12日
宮古島市議会議員 石嶺かおり」 
また、私の発言により議会事務局や当局の業務に支障をきたし、ご迷惑をおかけしたことを加えてお詫びいたします。
今回の件について、議会が辞職勧告決議案を出すということは、不当であると考えます。私は、議会の場でこの発言をしたわけではありません。議会の外で発言し、すでに謝罪・撤回いたしました。また私は、非行・違法行為もしておりません。全ての議員が議会の外で発言したことに対して、謝罪・撤回しても、その発言の是非が辞職勧告の対象になるのでしょうか。宮古島市議会は、これまでそうでしたか。そしてこれからもそのようにするのですか。一人の議員の思想・信条に対し、他の議員が数の力で辞職勧告をするということは、とうてい議会制民主主義とは言えません。 
私は7637人の市民が選んでくださった議員であると自覚しています。決して議会が選んだ議員ではありません。
私は、「平和な未来といのちの水を子どもたちに手渡したい ミサイル新基地建設反対」という政策を掲げて、今回、市民の負託を受けました。
平和な未来をつくるため、ミサイル新基地建設を止めるために、これから精一杯頑張りたいと思います。
よって、私石嶺かおりは、辞職勧告を拒否いたします。

「議員が議員を辞職させることはできない」という、議会制民主主義の当たり前の原理を提示した立派な声明であったと思います。

ちなみに私の「論壇」には、「自衛隊の性暴力はそんなに起こっているのですか」という質問もありました。どうやら、メディアが米軍の犯罪は大変大きく扱うが自衛隊の犯罪はそうでもないことに原因があるよううです。仲間がクイックに検索したところ、この3月だけでも、強姦という凶悪犯罪を含めこれだけの事件が出てきました。

2017年3月7日
陸上自衛隊が強姦事件 屋外で女性に性的暴行を加える 久留米市
http://breaking-news.jp/2017/03/07/031137
2017年3月12日
16歳少女を官舎に、誘拐容疑で航空自衛官逮捕
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3006483.html
2017年3月11日
傷害容疑で自衛官逮捕 和歌山のスナックで女性巡りトラブル
http://www.sankei.com/west/news/170311/wst1703110041-n1.html
2017年3月11日
住居侵入容疑で自衛官逮捕 北海道・遠軽
http://www.nikkansports.com/general/news/1790583.html
2017年3月7日
「ピアノ見に来ない?」女子高生誘い、自宅で胸触る…容疑で陸自音楽隊員逮捕 熊本県警
http://www.sankei.com/west/news/170307/wst1703070082-n1.html

私の記事で紹介した、元自衛官の小西誠氏による著書『自衛隊 この国営ブラック企業: 隊内からの辞めたい 死にたいという悲鳴』(社会批評社、2014年)から、小西氏がFBで抜粋していた部分を紹介します。
 自衛隊員が関係する不祥事件、犯罪は相変わらず減らない。自衛隊と同様、実力組織である警察官の犯罪も減ることはないが、自衛官の犯罪の特徴は、やはりその当事者が幹部層へ拡大していることだ。
 最近の自衛官の不祥事=犯罪のいくつかを無作為に抽出してみよう。毎日のように起こっているが、以下がその新聞記事の要約だ。自衛官の事件を報道するのは、なぜか「産経新聞」と「毎日新聞」が多い(2014年の事件)。
*航空自衛隊春日基地(福岡県春日市)は23日、女性のスカート内を撮影したとして、航空システム通信隊所属の1等空尉の男性(51)を停職60日の懲戒処分(「読売新聞」6月24日)
*財布を盗んだ疑いで、陸曹長を処分、陸自久留米駐屯地(「毎日新聞」6月24日)
*海自で2人懲戒処分、容疑の1尉と技官―男性1尉は昨年3月、当時勤務していた護衛艦「さみだれ」の事務室で、同僚隊員の財布から現金6000円を盗んだとして、同7月に警務隊に窃盗容疑で検挙。一方、男性技官は12年6月、呉市内のパチンコ店で置き忘れてあった他人のプリペイドカード(9000円相当)を換金したとして、呉署に同容疑で検挙(「毎日新聞」6月24日) 
*土浦で1等陸尉、部下殴って停職1日(「毎日新聞」6月24日)
*陸士長が上司に暴行し停職16日、陸自神町駐屯地(「毎日新聞」6月24日)
*1等陸佐を停職処分、酔って女性投げ逮捕(「共同通信」7月11日)
*自衛隊千葉地方協力本部は15日、宴席で部下の女性に抱きつき写真撮影を強要したなどとして、40代の男性幹部自衛官を停職2日の懲戒処分にした(「千葉日報」7月16日)
*女子生徒にアダルトグッズを見せたとして、大宮署は15日、県迷惑行為防止条例違反の疑いで、上尾市、陸自大宮駐屯地所属の2等陸曹の男(42)を逮捕(「埼玉新聞」7月18日)
*陸自伊丹駐屯地(兵庫県伊丹市)は28日、コンビニエンスストアで財布を盗んだとして、窃盗容疑で兵庫県警に検挙された中部方面隊中部方面通信群の40代の男性2等陸曹を、懲戒免職処分としたと発表(「産経新聞」7月28日)
*神奈川県警鎌倉署は4日、女性に乱暴したとして、強姦容疑で同県横須賀市、海上自衛隊横須賀教育隊の2等海士の少年(18)を逮捕(「スポーツ報知」8月5日)
*セクハラ担当が盗撮容疑、防衛省監察調査官を現行犯逮捕。千葉県警流山署は5日夜、駅で女性のスカート内を盗撮したとして県迷惑防止条例違反の疑いで、千葉県柏市十余二、防衛省監察調査官の2等空佐、片桐重崇容疑者(42)を現行犯逮捕した(「産経新聞」8月6日)
*女性隊員18人にわいせつの1等陸曹を停職―陸自下志津駐屯地(千葉市若葉区)は26日、指導中に女性隊員計18人にわいせつや暴行行為をしたとして、高射教導隊の男性1等陸曹(51)を停職60日の懲戒処分としたと明らかにした(「毎日新聞」8月26日)
 ここに掲載したのは、この2カ月ほどの事件の一部であるが、盗撮、窃盗、暴行、猥褻行為、強姦など、何でもありだ。
 そして、繰りかえすが、明らかに尉官以上の2佐・1佐などの高級幹部の不祥事=犯罪が目立つのである。この傾向は、ここ10数年の自衛隊の不祥事の特徴であると言われている。防衛省・自衛隊でも、この対策を一段と強化しているのだが、不祥事は一向に減らないのだ。
 2013年8月7日付の、防衛省防衛監察本部による「平成24年度定期防衛監察の結果について」という報告書は、以下のようにいう。
 「近年、部隊内で幹部自衛官による服務事故が生起しているにもかかわらず、幹部自衛官は高い識見を有しており、特に服務事故防止教育を行う必要はないとの理由により、幹部自衛官に対する計画的な服務事故防止教育を行っていなかった。……12年4月に幹部及び幹部候補生の精神教育についての通達を発簡し、幹部自衛官の各課程教育に精神教育の項目を新設し、所要の教育を実施しているところ……また、12年4月から連隊長等への補職予定者に対する補職前教育、各級指揮官会議、各部隊の幕僚会同等における精神教育の推進を図っており、今後も充実させていく」(傍点は筆者)
 つまり、訓育・精神教育を部下隊員たちに行う立場の、幹部自衛官にこそ、「精神教育」が必要になってきたというわけだ。
 巻末に自衛隊内の服務事故による懲戒処分の統計を掲載する。全体の件数は、毎年1千200から1千300件前後と変わらないが、問題は幹部自衛官たちによるこの不祥事=犯罪事件の爆発的増大こそ、現在の自衛隊の最大の危機なのである。
(以上抜粋)

これらを見ると、石嶺氏が表現した恐怖感は決して根拠のないものではないことがわかります。

3月22日『沖縄タイムス』の「論壇」には、宮古島市の斎藤美喜氏の記事「軍隊の本質 検証が必要 - 宮古島市議に過剰な圧力」が出ていますが、斎藤氏のこの見方:
南西諸島にミサイルが配備された際の標的になる危険性、騒音、地下水汚染、さまざまな不安があるが、日々の暮らしの中で、小さい者、弱い者が犠牲になること、おびえながら暮らすことこそ防がなければならない。その危機感をそのまま口に出してしまった市議を過剰に責め立て失職を迫るやり方は、弱者を封じ込めようとするものであり、危険だ。
に賛成します。石嶺氏が重圧や脅迫に負けず、自分を選んだ市民のために仕事を続けられるように応援していきたいと思います。@PeacePhilosophy 


宮古島陸自配備に反対する女性市議発言への行き過ぎた批判はおかしい:「琉球新報」論壇 Excessive criticism against a Miyakojima City Assembly member who opposes GSDF deployment

『琉球新報』3月16日8面オピニオン欄「論壇」に掲載された記事を紹介します。読んでください。
琉球新報社提供
参考記事:
宮古島女性市議への「いじめ」をやめさせ、市議を続けるよう応援します。

軍隊への恐怖を過剰に攻め立てる異常さ:沖縄タイムス「論壇」


Friday, March 17, 2017

山城博治さんら3人の初公判メモ(仲宗根勇)Notes from the first court hearing with Okinawa activists Yamashiro, Inaba, and Soeda

追記:山城博治さん釈放の報せが入っています。

山城博治議長、5カ月ぶり保釈決定 福岡高裁が地検抗告退ける
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-463257.html

3月17日那覇地裁で開かれた山城博治さんらの初公判、元裁判官の仲宗根勇氏がフェースブックで公開した傍聴メモをここに紹介します。報道などできいたときのイメージと全然違うと思うのでしっかり読んでください。(これまでの経緯は「AERA」昨年12月19日に掲載された渡辺豪氏の記事、3月7日のローレンス・レペタ氏の毎日新聞の記事などを参照。)

山城議長らの那覇地裁での初回公判(2017.3.17)傍聴メモ

「山城博治さんたちの即時釈放を求める会」共同代表 仲宗根 勇

 (起訴状に対する認否)

 山城博治の弁論:5か月にわたる勾留と接見禁止のもとで、厚いガラスごしに弁護士としか話せず、裁判に臨む意見交換も準備もできない不当な処遇に憤りを表明する。新基地を作らさないという沖縄の戦いは不滅であり不屈である。沖縄は権力による不当な弾圧には決して屈しないであろう。
 
 起訴状記載の傷害・公務執行妨害の点について:沖縄防衛局の作業は違法なものであり、保護に値する正当な公務ではない。わたしは暴行もしてないのでしたがって傷害も与えていない。また、他との共謀の事実もない。高江における警察官の暴徒化はひどいものであった。
 
 起訴状記載の威力業務妨害罪の点について:ブロックを積んだことは争わない。しかし、これは本土から派遣された機動隊のあまりに過剰な違法警備・暴力が始まったために止むを得ず行った、憲法で保障された表現行為である。1月28日から30日までの特定の日の行為を切り取って起訴したことも納得できないし、ブロックは「威力」にあたらず、ブロックは機動隊が片付けた後、工事車両はゲート内に入っており、沖縄防衛局の業務の妨害もしていなかった。
 
起訴状記載の器物損壊の点について:線を切ったことは争わない。

 稲葉博の弁論:名護署や検察官の取り調べで「お前たちは基地反対なら何をしてもいいのか」と何度も言われた。「何をしてもいいのか」とは政府に対して言うべき言葉だと思う。全ての選挙で「オール沖縄」の新基地反対候補が勝利し沖縄の反対の民意ははっきりしました。しかし、政府は工事を問答無用で強行しました。わたしはヨーロッパで長く暮らしたこともありますが、こんなことは沖縄以外ではありません。日本は本当に民主主義国と言えるのか。

 ブロックを積んだ前年は海上保安官のカヌーや抗議船への暴力はひどいものでした。海保のボートに引きずりあげ首を絞めたり海に落とされたり映画監督が馬乗りされたりしました。

 機動隊が本土から来た2015年11月頃からの暴力の無法ぶりは激しさを増し、たくさんの人があばら骨を折られたり、けが人が多数救急車で搬送されたりしました。機動隊の指揮者が我々のことを「犯罪者」呼ばわりもしました。機動隊に一日になんども排除されて、椅子がわりのブロックをだれかが置いて参加者全体が置き始めた。1個では安いブロックは全国からも高い郵送料を払って送られて来ました。工事を少しでも遅らそうと参加者みんなが積み上げたのです。

 このブロック、つまり石は我々の抗議の意思です。このようなことは沖縄だけにおいて起こっている。沖縄に民主主義はないのか。
正義は我々にあります。

 国には4つの大罪があると思う。
 一つ目は民主主義、地方自治を踏みつけて基地建設をを強行して いること
 二つ目は沖縄の生活環境を破壊していること、ヘリの爆音やオスプレイの墜落などではっきりしています。
 三つ目は自然環境の破壊行為です。大浦湾の多様性に富んだ海の 生態系を壊す危険やサンゴ、やジュゴンへの影響は明らかです。
 四つ目は作ろうとしているものが、200年の半永久的な戦争のための軍事基地ということです。

添田さんの弁論:起訴状記載の傷害・公務執行妨害の点について

 わたしは、そのような行為は一切しておりません。

(なお、添田さんについての事件は分離された。山城さんたちの事件とは別個に審理されることになる)

(以上)

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